「ツナ缶を日本の食文化に」多彩なメニューを提供して60年
今年で生誕60周年を迎える「シーチキン」がここまで愛されている理由。それは、ツナ缶を日本人の食文化にまで高めた功労者的な存在だからだ。「当社が創業した1931年には、日本ではツナ缶を食べる習慣はありませんでした」と話すのは、はごろもフーズ 経営企画室 広報担当の田中隆裕氏。当初は水揚げ時に余っていたビンナガマグロの有効活用のため、アメリカへの輸出用にと加工が始まった製品だった。
今年で生誕60周年を迎える「シーチキン」がここまで愛されている理由。それは、ツナ缶を日本人の食文化にまで高めた功労者的な存在だからだ。「当社が創業した1931年には、日本ではツナ缶を食べる習慣はありませんでした」と話すのは、はごろもフーズ 経営企画室 広報担当の田中隆裕氏。当初は水揚げ時に余っていたビンナガマグロの有効活用のため、アメリカへの輸出用にと加工が始まった製品だった。
若者のストリートファッションを牽引し続ける街、原宿。その中心的存在とも言えるのが、今年で開業40周年を迎える「ラフォーレ原宿」だ。
「牛乳石鹼、よいせっけん♫」20代半ば以降の人なら、きっと耳に残っているだろうこのメロディー。なつかしのCMソングでおなじみの、牛乳石鹼共進社の「カウブランド 赤箱」は、今年で発売から90周年を迎えた。
"Fantastic"と"Fantasy"を商品名の由来に持ち、フルーティな味わいとポップなイメージで支持を集める「ファンタ」。生まれは1940年のドイツ。第二次世界大戦中、「コカ・コーラ」を並行輸入できなくなり代替品を検討、国内で調達できる原料で開発されたのがはじまりという。
「キリンレモン キリンレモン…」のCMソングでお馴染みの「キリンレモン」。1928年の誕生以来、幅広い層から愛され、2018年3月に90周年を迎えたロングセラー商品だ。「当時、当社は初の清涼飲料水開発を目指し、技術者の本城杢三氏をスカウト。競合他社には決して情報を漏らすまいと、本城氏は部屋に鍵をかけ、たったひとりで『キリンレモン』のレシピを調合したと伝えられています」。そう語るのはマーケティング部で同商品の商品担当を務める二宮倫子氏だ。
ぶどうやみかん等の果物をかたどり、指先にちょこんと乗るサイズ感が魅力の「果汁グミ」。1988年に誕生した明治のロングセラー商品は、今年で30周年を迎える。
深い青色の丸い缶に入った、真っ白なスキンケアクリーム。缶に書かれたブランド名を見なくとも、その色・形を見るだけで「ニベアクリーム」を想起できる人が多いのではないだろうか。
日本人の国民食と言えるほど、家庭やレストランで食べられているカレーライス。その普及に一役買ったのが、レトルトのカレーだ。1968年、大塚食品は世界初となる市販用のレトルト食品として「ボンカレー」を発売。2018年2月12日で、50周年を迎えた。
「ネスカフェ ゴールドブレンド」が発売されたのは、高度経済成長期の真っただ中の1967年。日本の消費者の生活水準が向上し、コーヒーに求める品質も高まっていた。そこで、同社が開発したフリーズドライ製法で香りの良さを実現し、1960年に発売したインスタントコーヒー「ネスカフェ(現・ネスカフェ エクセラ)」の上位ブランドとして投入された。
胃腸薬の歴史は、日本の食生活の変遷でもある―。1957年、第一三共ヘルスケアの前身である三共の初代社長 高峰譲吉氏が、消化酵素のタカヂアスターゼを発見したことが「第一三共胃腸薬(発売時:三共胃腸薬)」の始まりだ。