パロディ紋のデザインから学んだ かたちに対する感覚
大学の卒業制作に取りかかる頃、アイデアを探す過程で近代デザイン史以前の表現を模索している時期がありました。デザインという言葉が生まれる以前にも私たちが気付けていないだけの素晴らしい表現が大量に眠っているはず、また現在まで資料として残っているものは時代を問わずに疎通の測れる純度の高い表現なのではないかと仮定をして研究をしていました。
大学の卒業制作に取りかかる頃、アイデアを探す過程で近代デザイン史以前の表現を模索している時期がありました。デザインという言葉が生まれる以前にも私たちが気付けていないだけの素晴らしい表現が大量に眠っているはず、また現在まで資料として残っているものは時代を問わずに疎通の測れる純度の高い表現なのではないかと仮定をして研究をしていました。
電通で広告企画・制作の仕事をするかたわら、現代美術の作家として作品を発表し続けています。そんな僕ですが、高校生時代は、大学で生物行動学を専攻するか、美術を専攻するかで迷っていました。当時、バイオテクノロジー全盛期だったんですね。自分は生物をただ観察しまくって気づいたことに光を当てる人になりたかったので、人の都合で生物をつくるのは違うと感じました。それなら、人は人らしく何かをつくればいいと考え、生物行動学は選ばず、美大に行くことに。そのころ古本屋で出会ったのが赤瀬川原平さんの『超芸術トマソン』(白夜書房1985年)です。
GRAPHで、アートディレクターとして働いています。広告の制作会社から移籍して以来、自分はどんなデザインが好きで、どんなものをつくっていきたいのか、長らく言語化できていなかったのですが、少し前に自分のデザインの思想について考える機会があり、「少し足りない」状況をつくることを目指していることが分かりました。
スマートフォンで音楽を再生すると、歌詞をモーショングラフィックでモニターに表示する。そうした機能を持つ「リリックスピーカー」を初めて見たとき、これから何かが変わっていく、そんな未来を感じました。プロダクトとして美しいのはもちろんですが、これはアーティストが喜ぶプロダクトになるなとも思いました。というのもレコードからCDに変わって以降、存在感が薄れた歌詞カードを、これまでにない形で再現しているからです。
資生堂「パーフェクトルージュ」の広告を初めて見たのは、大学生のとき。ドラフトのD-BROSへの入社が決まり、アルバイトとして働き始めたときでした。仕事で手が空いたときは、いつも社内の本棚から作品集などを取り出して見ていました。ある日、『ADC年鑑』を開いたときに衝撃を受けたのが、この広告でした。
年に数回、展示会などで訪れる東京ビッグサイト。そこで3年前に出合ったのが、「東京ビッグサイト」のVIです。敷地内に展開されているのを見て、「やられた」と、身体に衝撃が走ったのを覚えています。その場で検索したところ、大学の同じ研究室の先輩でアートディレクターの三澤遥さんが制作されたと知りました。在学期間は被っていませんが、教授から三澤さんの伝説的な話を何度も聞いており、勝手に憧れていました。後日お会いした際に、挨拶もそこそこに「『東京ビッグサイト』のお仕事、感動しました!」と前のめりにお伝えしてしまったほどです。
僕は装丁家、グラフィックデザイナー、書体デザイナーと3つの肩書きを掲げています。似て非なるこれらの肩書きを同時に掲げているデザイナーは、ほぼいないと思います。そんな僕が大学時代に目指したのは、ブックデザイナー。その基本知識として独学でタイポグラフィを勉強したことが、いまに繋がっています。
"デザイン"とは、私たちがそれに関わったときに影響するものすべてにおいてのこと、と考えています。そのとき置かれている自分の立場、時代でデザインの見方は当然変わってくると思いますが、自分が気になっていたものが姿形、切り口を変えて突然目の前にやってくることもある。それが現れ出てきたとき、そのトリガーを見逃してはいけないし、自然とそういうものが「見えてくる」ということが重要だなと。
北海道のいなか町で育ち、大学時代は山形で過ごしました。いまライトパブリシティでアートディレクターとして仕事をしていますが、就職で東京に出てくるまで、広告のポスターを生活の中で見ることはほとんどありませんでした。それ以前に、自分が育った環境にはエンターテインメントの施設などなく、子どもの頃の楽しみと言えば、漫画雑誌『りぼん』を買って読んだり、真似してイラストを描くことでした。
『BOTTOM ASH OBSERVATORY』は、家庭ゴミや産業廃棄物を焼却して残った灰の調査結果をビジュアルで紹介する、クリスティン・メンデルツマさんの作品です。オランダのアーティストでデザイナーのメンデルツマさんは、ほかにも一頭の豚から生産される製品を調査した『PIG 05049』という作品も発表しています。豚が屠殺された後、どんな原材料や製品になるか追跡調査した内容で、ソーセージや石鹸、オイルなど、180以上のアイテムになったと伝えています。