マーケティングやプロモーション分野でも2016年は、「人工知能(AI)」を冠するサービスが百花繚乱となった一年だった。しかし、導入を検討する立場としては、どれは有用で、どれは惹句としてのAIなのか判断に迷うこともあるのではないか。基本的な知識を、楽天技術研究所の森 正弥所長に尋ねた。
Q 「人口知能」って、つまり何を指した言葉なんですか?
A 人間の知的活動を代替・模倣するソフトウエアの処理のことです
─「人工知能」という言葉が生まれたのはいつのことなんですか?
森 正弥氏▶︎ 「人工知能(Artificial Intelligence)」という言葉が公のものとなったのは、1956年にダートマス大学(米ニューハンプシャー州)で開催された研究会でのことです。呼びかけ人のジョン・マッカーシーという人物が提唱しました。
この研究会のことを通称「ダートマス会議」と言います。ダートマス会議では、さまざまな公理(推理・判断・結論の基礎となる根本の仮定)を組み合わせて、高名な数学の書籍『数学原論(プリンキピア・マテマティカ)』に掲載された定理(公理や定義によって証明される一定の理論)を解くプログラム「Logical Theorem Machine(論理的定理マシン)」が紹介されました。
数学の証明を行う、というのは人間ならではの知的活動です。
─人間の代わりになったり、マネしたりする第一歩だったんですね。
AIは、まさに人間の知的活動を代替・模倣するソフトウエアの処理とは何か、が出発点になっています。前述の「Logical Theorem Machine」は、いまとなっては“カンタン”なプログラムかもしれませんが、当時はエポックメイキング(画期的)なものでした。
ちなみに、「コンピューターの知性」という概念自体は1947年にアラン・チューリングが触れており、1948年には「Intelligent Machinery(知性的な機械)」という論文を発表しています。
チューリングは現代計算機学の父と呼ばれ、彼の理論はコンピューターを発展させる端緒となりました。AIの進化の歴史は、そのままコンピューターの進化と並走するので、乱暴に言えば、AIはコンピューターそのものです。AIの到達点は、コンピューターの到達点でもあります。
─「人間の心」を再現するようなAIもあるんでしょうか。
「人間の知的活動を代替・模倣するソフトウエアの処理」としてのAIは、「弱いAI」と呼ばれることがあります。一方、「強いAI」は、「適切にプログラムされたコンピューターは心となる」(Seale,1980)というものです。「AIは知的活動の模倣」「AIは心そのものになる」と、AIについての主張の強弱があるわけです。
代替・模倣する人間の知的活動の中でも、「学習・理解・推論」といった知性を代替するAIとして、現在までにさまざまな技術群ができています。
─どんなふうに実用化されてきたのでしょう?
森氏▶︎ 今日の私たちに最もなじみぶかいのは、検索サービスでしょう。ふつうのネット検索だけでなく、例えばEコマース(EC)でも、「ベビーカー」と検索したら、それに一致するものだけ出てくるようでは、機能としては不十分です。乳母車やベビーバギーなども出てこなくてはなりません。
そこで、機械に言葉の「多義性」「類犠牲」「親子関係」「包含関係」などを理解させる必要が出てきます。言葉を理解することを追求したのが、AIの第二世代と言えます。ざっくりいうと、「言葉と言葉の関係を解明し」「知識を入力すれば」、その知識をAIが理解して、知性的に動くようになるのではないかというものでした。次第に、必要と思われる情報を推論する機能も登場しました。
Q 「ディープラーニング」って、なんですか?
A コンピューターを学習させ、判断、推論させる技術のひとつです。
─最近、よく「ディープラーニング」という言葉を目にするようになりました。
森氏 「ディープラーニング(深層学習)」は、「機械学習」と呼ばれるAIの一分野です。「機械学習」はコンピューターを経験から学習させ、判断や推論できるようにすることが目的の技術です。「深層学習」はその中でも構造を多層化し高度化したもので、理論としては1960年代から存在していたのですが、あまり将来性のないものとしてとらえられてきました。学習させるためのデータに乏しかったからです。
ところが、インターネットやスマートフォンの時代を迎え、膨大な量のデータが比較的カンタンに手に入るようになりました。画像認識をさせる場合でも、1000万件規模でデータを入手できるようになったのです。
それまでも1万件規模での学習は行われていました。2003年、04年ごろでも数百万件程度のデータがあったのですが …