今回の特集では、顧客を呼び込む流れをつくるためにはどうすればいいか、そのために何をすればいいかについて考えていきたい。各企業のケーススタディを眺める前に、本稿で、そのガイドラインを引こう。

「Amazon Go」は米アマゾンが進めるチャネル拡張戦略の急先鋒のひとつ。オンライン企業のオフライン店舗化の象徴だ(写真=SounderBruce, CC BY-SA 4.0)
拡大を前提しない市場で顧客の流れをつくるためには
顧客を売り場へ呼び込む流れをつくるにはどうすればいいか。これはプロモーションにまつわる永遠の課題だ。それも、自然で自発的な顧客の流れであれば、なおよい。これを今回の特集では「顧客(カスタマー)シフト」と位置づけたい。
もちろん単発的に顧客の流れを、なかば強制的に生み出すことはできるし、そうした手法はきわめて有用だ。どれくらいの投資をすれば、どれくらいのリターンがあるか。くり返し実施することで、予測精度を高めていけば、売り上げを立てるのに、これほど強い味方はない。売り上げの見込みの不確実さと、ふだんの業務にまとわりつく不安の強さは比例する。
ならば、自然な流れを生むことの利点は何か。それは顧客とのつながりを通じた利益の維持だ。単発施策には限界がある。
自発的な顧客の流れをつくるには、まずは売り手側が提供できる価値が、消費者の目的を叶えるものである、という理解を得る必要がある。これは同時に、多様化する消費者のあり方の理解を深めることも意味する。
消費者と企業が相互に理解を深めること。これが、「顧客とのつながり」だ。決して、メールアドレスを取得することが、つながりなのではない。
オムニチャネルとチャネルシフト
では「売り手側が提供できる価値を理解してもらい、顧客とのつながりをつくる方策について、はじめに結論を提示しておく。
それは、オンラインかオフラインかにこだわらず、各チャネルの特性を有効活用しながら、チャネル全体で提供できる顧客体験を設計することだ。チャネルは、購入を決めるのに不可欠な、商品やサービスが持つ価値を伝え、また、顧客の理解を深めるための接点にもなる。
さて、「顧客を取り巻くチャネルを活用する」という文言で思い浮かぶのは、ここ数年間で模索が続く「オムニチャネル戦略」ではないか。あらゆるチャネルを統合し、消費者のニーズに応える自社商品を、“最短距離”で届けることをめざすものだ。
マーケティング研究者のデイヴィッド・R・ベル博士ほかは2014年、『オムニチャネル環境で勝つ方法(How to Win in an Omnichannel World)』と題したジャーナルを、『MITスローン・マネジメント・レビュー』誌(発行=マサチューセッツ工科大学スローン・マネジメント・スクール)に投稿した。
ベル博士らが取り上げた課題はこうだ。「購買者が、オンラインやオフラインを問わず、さまざまなチャネルを通じて買い物をする昨今、小売業者はある困難に直面している。その困難は、商品の引き渡しにまつわる否定的な側面を避けながら、消費者に最適な商品に関する情報を届けることにある」
そこでベル博士らが提唱したのは[図1]のようなフレームワークだった。ひとつめの軸は、購入者がどのようにして商品・サービスの「情報」を獲得するか。ここでの「情報」とは、彼ら・彼女らが購入の意思決定を下すのに必要なものを指す。

図1 情報と商品引き渡し(フルフィルメント)のマトリックス。オムニチャネル環境では、顧客には実店舗やオンラインで情報を得て、商品は自ら受け取りに行く、あるいは配達してもらう、という選択肢がある(R. Bell, D. & Gallino, S. & Moreno, A. (2014). How to Win in an Omnichannel World. MIT Sloan anagement Review. 56. 45-+.)
ふたつめは、その商品・サービスを、どのようにして顧客に届けるか。商品を彼ら・彼女らに引き渡すには、購入者が店にやってくるか、あるいは店が購入者の下を訪れるか──つまり配達のふたつに分かれる。
この分類では、商品情報の取得と商品引渡しがいずれもオフラインで行われるのが従来の小売業で、商品情報の取得がオンラインで、しかも商品を顧客のもとへ配達するのがEコマース企業のやり方、となる …