2020年のオリンピック開催に向け、東京を中心に新たな都市開発の動きが始まっている。街づくりには、生活者が求める次なる生活や価値観が反映されるもの。それゆえ、街づくりのマーケティング、さらに街の魅力を伝える広告・コミュニケーションには、他業界が学べるヒントも多い。三井不動産の徳田誠氏、ADKの小山秀人氏の二人の不動産業界のマーケティングのプロの対話を通じ、街から見えた新しい生活、価値観を考える。
写真左から、徳田 誠氏、小山秀人氏。
PRと広告を連動させた日本橋の開発プロジェクト
徳田▶ 私の担当は三井不動産のコーポレート全体の広報活動です。グループ内には三井不動産レジデンシャル、三井のリハウス、ららぽーと、アウトレットパークなどターゲットの異なるブランドがあり、またブランドごとの広告活動が中心なので、企業全体のブランディングには課題を抱えています。飲料や食品のメーカーのように、商品の広告を通じて企業価値も訴求できないのが、我々のような業態ならではのコミュニケーション上の課題ですね。
その解決策として、広報部内のプレスチームは年間、約100件のプレスリリースを発信し、約50件のプレス向けイベントを開催し、さらにメディアで話題になり、かつ「三井不動産がどこに向かおうとしているのか?」が伝わるようなPR案件があった際には、そこに連動させて広告を打ち、相乗効果が出せるように動いています。最近で言えば「COREDO室町」を中心とした日本橋の開発プロジェクトで、PRと広告を連動させた活動をしました。
小山▶ 三井不動産さんが手がけるプロジェクトとしては、日本橋と並び、スマートシティ構想を推進する、柏の葉キャンパスも象徴的な取り組みではないでしょうか。
徳田▶ はい。日本橋と柏の葉キャンパスが、コーポレートブランディング上、重要なプロジェクトです。柏の葉キャンパスは、高度経済成長期の街づくりとは異なり、活力ある街を長く維持・発展させていくという視点でつくられています。東日本大震災を経て、スマートシティはこれからの時代に不可欠なものと確信ができたので、当社の街づくりのショーケースの一つとして国内はもとより、海外に向けても発信していきたいですね。
小山▶ これからの日本にとって、スマートシティは必要なものだと思いますし、一般消費者を対象に調査をしても8割以上の人が、すでにこの言葉を知っています。一方で「スマートシティだから」という理由は、その街に住みたい動機づけにはなりづらく、まだ企業と消費者との間に温度差があります。
徳田▶ おっしゃる通りです。スマートシティの機能面だけでなく、そこでどんな価値が生まれるのかまで示していく必要がありますね。柏の葉キャンパスで言えば、住民と大学・学生、そして企業が交わる仕組みをつくっていきたいと考えています。
7月から放送が開始になるCMでは、柏の葉キャンパスにあるインキュベーションスペースを、住民である主婦の方が訪れ、周辺にある大学の学生や企業の人たちと一緒になってビジネスを考える…というシナリオを考えています。以前は暮らす場所、遊ぶ場所、働く場所はそれぞれ別で、求められることも異なっていました。しかし、その区分は今、明確でなくなっていますし、スマートシティはその要素すべてがコンパクトにまとまったものとも言えます。
今、人を集める街には“ゆらぎ”がある
小山▶ 私が不動産デベロッパー企業の方々と話していて課題として聞くのが、2020年のオリンピック開催までの街づくりの道筋は形になっているが、それ以降のビジョンが描けないという声です。その課題に対し、私は「プライベート」「コモン」「パブリック」と、これまで区分されていた空間の境界線がいい意味で曖昧になった街づくりが求められていくのではないか、と考えています。ですから、徳田さんがおっしゃる、暮らす、遊ぶ、働く場所の境界線がなくなりつつあるという話に共感しました。
徳田▶ 以前と異なり、区分をあえて明確にしないことが求められていますね。消費者の価値観の変化が起きていますよ。例えば日本橋は「働く」「遊ぶ」「住む」の融合を目指していますが、結果として企業がオフィスを置きたい街ランキングで1位になることができました。
小山▶ 今、人が集まりたくなる場所には境界線が曖昧な「ゆらぎ」のようなものがありますね。
徳田▶ 先ほどの柏の葉キャンパスを題材にしたCMの話も、まさに「ゆらぎ」を描いたものと言えると思います。総合不動産会社としては、こうした価値観の変化に、対応していく必要がありますし、そこにはマーケティング思考が必要だと考えています。
小山▶ 一方で区分が不明確になるほど、それぞれの街が均質化してしまうという危惧から、遊ぶ、住む、働く以外の軸での街を特徴づける要素が必要になります。
徳田▶ 街づくりとは、そこにもともとあるリソースを生かしつつ、パートナーとともに「コンテンツ」をつくりあげることだと思います。ハードだけの差別化では、すぐに他社に追い付かれてしまう。パートナー企業の方たちと協力しながら、いかに魅力的なソフトを創れるかがカギになってきます。
小山▶ その仕事は、デベロッパーというより、コネクターですね。
徳田▶ そうですね。事業内容はサービスを売る会社に近いです。「不動産業」という名前が実態とかみ合わなくなっていると思いますが、不動産会社から想起される固定イメージから脱却できず「なぜ三井不動産がそんなことしているの?」と思われてしまうこともあります。ますます企業コミュニケーションが重要になると感じています。広告会社の方たちからも、既存の「不動産会社」のイメージに捉われない提案をしてほしいなと思います。
(本文中・敬称略)
編集協力:アサツー ディ・ケイ
柏の葉スマートシティの中心街区として2014年7月8日にグランドオープンをむかえたゲートスクエア。
三井不動産 広報部長 徳田 誠氏1964年生まれ、石川県出身。87年三井不動産入社。入社後5年間、経理部にて会計業務を担当。92年、ビルディング事業部にて都心ビルの開発業務を担当し、その後企業の不動産活用(CRE)を担当する法人営業部門を経て、2003年に新規ビル事業を企画するビル事業企画部に異動。2005年よりグループ長、主にリート(不動産投資信託)を含む、投資用不動産の取得・運用業務に従事。2012年に広報部広報グループ(報道担当)グループ長、2013年4月より現職。 |
アサツー ディ・ケイ ストラテジック・プランニング本部 2000年日本経済社入社。2006年ADK入社。住宅不動産業界ならびに金融業界を中心にコミュニケーション戦略、ブランディング戦略立案に従事。単なるマーケターの枠を超え、企業のビジネスレベルの戦略立案に深くかかわる「戦略ファシリテータ」として事業開発・商品開発、ソーシャルデザイン(CSR、リスク、未来予測)、人材育成、企業内ワークショップなど幅広く対応。 |