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作家が危機対応をズバッと指南!

エンブレム問題に学ぶ 危機管理広報の3原則

城島明彦

危機を乗り越えるための対応方法は、時事ニュースの中から学べる点が多くある。取材される側と取材する側の両方を経験し、広報業界を30年以上見続けてきた作家・ジャーナリストが、危機対応の本質について解説する。

    盛大だったお披露目イベント わずか1ヵ月余りで撤回に
    エンブレムの決定発表が東京都庁で行われたのは7月24日のこと。東京都庁をライトアップし、盛大に行われた。それから1ヵ月余りで使用中止になるなど、この時誰が想像できただろうか。

「独創性」めぐる危機管理

2020年東京五輪のメーン会場となる「新国立競技場」および「エンブレム」をめぐる今夏の大騒動は、「危機管理以前」ともいうべき最低レベルの広報対応に大きな原因があり、“誤輪”“脱輪”と風刺したくなる程のひどさだった。競技場問題とエンブレム問題の根は同じだ。競技場は「奇抜=独創的すぎる」ために建築費用がかさむとしてNG。エンブレムは「盗用疑惑=独創的でない」との理由でNGになったのだ。

五輪のような国家的イベントでは過去の万博を見ても分かるように「その国らしさ=独創性」が命であり、「危機管理の最重要チェック項目」である。にもかかわらず、広報的役割を担った新競技場のデザインコンペ審査委員長(世界的建築家の安藤忠雄氏)、大会組織委員会の事務総長(旧大蔵官僚の武藤敏郎氏)、エンブレム審査委員らは、「チェックという危機管理」をおろそかにし、日本の国家的イメージを大きく失墜させた。メディアに叩かれて当然である。

彼らに共通するものは何か? それは「 危機管理意識の欠落」である。言い換えると、「倫理感・使命感・責任感が希薄」ということだ。過去に本稿で取り上げてきたマクドナルド異物混入事件、東芝の不適切経理問題などは、それらをないがしろにした結果、起きたと言える。それと同じことが、今回のエンブレム問題にも当てはまる。

「発表される側の視点」が重要

前記関係者らの記者発表は、“三無”のオンパレードだった。三無とは、「見えない」「分からない」「許せない」である。「記者発表される側(メディアや国民)がどう考えるか」という視点が抜けていたのだ。

(1)見えない……審査過程・調査経緯などに関する「不透明性」が顕著だった。
(2)分からない……記者発表での発言・説明に「説得力」が欠けていた。
(3)許せない……責任逃れの「屁理屈」「強弁」が目立った。

広報の危機管理としての「三無追放」は、東京五輪の広報関係者に限らず、一般企業でも不可欠である。

(1)の「見えない=不透明性」については、「公開性」をことさら強調する論調のメディアが目立ったが、何でもかんでもオープンにすればいいというものでもない。「疑いの目」を向けられないようにすれば済む話だ。

(2)の「説得力」は、メディアが納得する説明・解説ができるかどうかだ。エンブレムの類似性が問われたとき、記者会見で「何分割して云々」というような専門的な話をして独創性があると弁明したが、そんなことは一般人には関係のない話。誰もが分かる説明が、広報には必要なのである。 

(3)の「許せない」は、「ネット」というニューメディアで噴出した。受け手の「共感性」に欠ける広報発信をしたということだ。

「感覚的判断」が横行する時代

新競技場問題、エンブレム問題に共通するのは、「一度決めたものを変えるわけにはいかない」という五輪の広報関係者の“メンツ主義”(=権威主義)だった。その考えを覆すきっかけをつくったのは …

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