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広報担当者の事件簿

田舎町の行政と市議会を巻き込む贈収賄事件の告発〈後編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】

    市民サービス課に再び届いた告発メール。そこには、証拠となる写真も添付されていた。広報を兼ねる企画課課長の君津凌士は、どこか信じられずにいたが、暁テレビの小倉保志からの連絡により、最悪の事態を想定せざるを得なくなる。そのとき、君津の脳裏に浮かんだのは、かつて企画課の先輩だった東川幸作だった。

    俺たちはチームじゃないですか

    「前回もメールしていますが、新たに建設された廃棄物処理施設における産業廃棄物処理の受託入札にかかわり、市議会議長の溝淵雄大、市企画局長の長谷守一そして産業廃棄物処理会社の鳥取興産の三者は、入札前に他社の価格を事前に共有し、鳥取興産が落札するように情報を漏洩(その時の写真がこちら)」

    企画課係長の小浪万文は市民サービス課から転送されたメールを凝視していた。市議会議長の溝淵と鳥取興産社長の彦田文也が市内にある割烹料理店の前で握手している写真が貼り付けられている。鳥取興産が落札した後、溝淵と市企画局長の長谷にそれぞれ三百万円と百万円が鳥取興産から振り込まれた振込明細も証拠として画像添付されていた。

    「これは……」メディア対応を任されている小浪にとって、この件が明るみに出たときのことを考えると恐怖しかない。年末に暁テレビの小倉保志に対応したとき、嫌な予感はしていた。さっきかかってきた小倉からの電話は、事実を掴んでいることを示唆する内容だった。「鳥取興産の彦田さんに裏取りは済んでいます。おそらく市民の方からだと思いますが、入札に関する告発文も届いています。内容が事実だとすれば……贈収賄です。住所とお名前も記されています」「あとどれくらいだ」企画課に戻ってきた君津凌士が訊いてくる。小倉は11時に来ることになっていた。「あと20分しかないです」頭が混乱している。どれから手をつけていいのか分からない。

    君津が市民サービス課の東川幸作から転送されたメールに目を凝らす。「かなり……やばいな」さっきまで一緒にいた溝淵と長谷の顔が浮かぶ。「危機的状況です」小浪の顔から表情が消え、君津も小浪も〝最悪の事態〞を考えはじめる。

    市民からの告発メールと小倉の話だけでは事実を確認できたとはいえない。溝淵と局長の長谷、鳥取興産の彦田から聞き出す必要があるが、立場的に現実的ではない。もし事実なら、加害者として市民から糾弾される側になる。君津ができるのは小倉と会うことしかなかった。

    約束の時間どおりに固定電話の呼び出し音が鳴った。「企画課までお越しくださるように伝えてください」受付の女性に告げ、小浪を呼ぶ。「これを東川さんに渡しておいてくれるか」かつて企画課にいた市民サービス課課長の東川は仕事を教えてくれた先輩だったが、昨日までは〝負け犬〞と見下していた。だが、心の奥底で助けてほしいと思う自分がいた。

    「……分かりました。同席しなくていいですか?」封筒を受け取った小浪が君津を見る。そのとき、入口のドアが開いた。「暁テレビの小倉さんです」小浪が君津にささやく。「俺一人で大丈夫だ」君津が男の方に歩き出した。「これなんです」小倉がクリアファイルを取り出す。ゆっくりとした動作で三枚の紙をテーブルに置いた。

    ①廃棄物処理施設における産業廃棄物処理の受託入札の件

    市議会議長・溝淵雄大、市企画局長・長谷守一、鳥取興産社長・彦田文也が入札前に他社の価格を事前に共有のうえ鳥取興産が落札。

    ②写真

    市議会議長・溝淵雄大、鳥取興産社長・彦田文也

    市内割烹料理屋「夕子」の店前で握手。

    ③振込明細

    鳥取興産落札の後日、市議会議長・溝淵雄大300万円、市企画局長・長谷守100万円を鳥取興産より受け取り。振込明細画像あり。

    「よろしければお読みください。うちに届いたメールをもとに整理したものです」小倉がはっきりとした口調で告げる。「関係者の取材も終えています」「関係者?」淡々と表情を変えずに話す小倉を、君津が覗き込む。小倉がわずかに頷く。

    「裏は取ったということですか」「……地検も動き出しています」「えっ」「今日はそのことを伝えに来ました。この件では小浪さんにお世話になっていますから」社会部の記者を相手に身構えていた君津に、柔和な表情で小倉が向き合う。「小浪が、ですか」「もちろん何も認めず、話してはくれませんでしたが……広報らしく向き合ってくれました」

    メディア対応にまで気が回っていなかった。〝忙しい〞に溺れていた自分が恥ずかしくなる。小浪とはすり合わせができていなかった、いや、してこなかったと言っていい。俺はいつの間にか自惚れていたのだろうか。市長との距離が縮まってきたことで中枢に入り込めた満足感が肥大化し、自分ひとりで何でもできると思い込んでいたのかもしれない。

    「そうでしたか……」返す言葉がみつからない。「私も一人で記事を書けるわけではありません。嫌がられながらも取材し、嫌われても訊かなければならないことがあります。我々メディアは事実を書き...

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