広子のIR歴も2年目に入り、新たに後輩の東堂証子がIR担当に配属された。この1年は「IR活動によって株価が上がる」と考え、無我夢中で目の前の課題にひたすら対応してきたが、教育係への指名をきっかけに改めて基礎知識を整理したいと思う広子であった。
大森慎一先生▶ 「株価が上がる」を「企業価値が向上する」と置き換えて少し整理しましょう。二人は「完全な市場」という言葉は聞いたことがあるかい?
完全な市場
市場メカニズムが有効に働く市場のこと。
(1)市場に多数の参加者がいること
(2)商品の質が同じであること
(3)商品情報が共有されていること
(4)市場への新規参入や撤退が自由であること、などの条件がある。
東堂証子▶ 完全? パーフェクトですか?
大森▶ ごめん、滑舌が悪くて。市場を理論的に整理するときに使う概念なんだけど、その市場では参加者が常に情報を共有し、市場の需給不均衡は瞬時に解消されるという前提なんだ。
上場広子▶ あれっ? IRが目指す環境に近いイメージですね。
大森▶ そうだね。市場が安定しないのは、情報の偏りが主な要因だからね。
東堂▶ 新たな情報が開示されても、投資家に瞬時に行き渡って、新たな株価が付くということですか。現実とは違いますよね。
大森▶ その通り。理想と現実は違うよね。理論として覚えていてね。次のキーワードは「安全資産、危険資産」と「リスクと期待収益率」だ。
広子▶ フフフ。今度は安全ですね。
大森▶ じゃあ、広子さん。リスクと期待収益率を使って説明できるかな?
広子▶ ええっと、リスクは不確実性が高いことでしたよね。期待している収益率が達成できるかどうかが不確かな資産かどうかという話ですよね。
大森▶ さすが広子さん。資産の安全、危険を分けるのはボラティリティと呼ぶ不確実性の違いだね。少し具体的にイメージしてもらうために、株式に絞って考えてみよう。期待収益率の水準が高い株式ってどんな会社だろうか?
ボラティリティ
期待収益率が期待通りとなる度合い(振れ幅、プラスかマイナスかは問わない)を示し、リスクの尺度としても利用される。
東堂▶ 多くの人から期待されている有望な会社ですよね。
大森▶ そうかな? 「 収益が期待できる」会社という意味ではないよ。数式を思い浮かべてごらん ...