スクートが広告賞に出品した際のプレゼンボード。スクートとスピリット航空のアイコンは確かに似ている。「INSPIRING SPIRIT」という愛称をつけたボーイング787もインパクトは絶大だ。
あなたの企業ブランドがライバル会社に真似されたら?ほとんどの場合、著作権がらみの案件として法務部がリードし、広報の仕事は必要に応じて淡々とプレスリリースを作成しメディアの質問に答えることぐらいだろう。しかし、時としてPRがその主役を張るときもある。「守りの広報」が良しとされるイシュー・マネジメントにおいても、クリエイティブな発想が突破口となるときもある。今回のコラムでは、そんな痛快なケースを紹介しよう。
シンガポールの格安航空会社・スクートは、北米を拠点とするスピリット航空が、スクートのブランディングを模倣していることに気がついた。そもそもイメージカラーを黄色とする格安航空会社という共通点はあった。しかし、スクートの1、2年後にスピリットが発表するロゴや広告デザインは、どう見てもスクートの真似。これは大問題だ。すわ著作権侵害で訴訟か!というところだが、スクートは意外な方針をとった。訴える代わりに、その名も「INSPIRING SPIRIT(スピリット航空を感化する)」というPRキャンペーンを開始したのだ。
大胆にも、スピリットのCEO宛に「ウチの真似をするならしてもいいけど、どうせなら上手くやってよ(笑)」とメッセージを発信。スクートのCEOが登場してデザインの類似性を指摘するムービーを皮切りに、同社の「ブランドビジュアルガイドライン」を作成してスピリット宛に送りつけたり(真似する参考にしろというわけだ)、組み立てると「マーケッター・オブ・ザ・イヤー」の紙製トロフィーになるキットを贈呈したり、スピリット本社のあるフロリダに飛行船を飛ばしたりと、まあ皮肉たっぷりにやりたい放題。極めつけは、スクートが新たに導入したボーイング787に「INSPIRING SPIRIT」の愛称をつけ、それをリリースで発表するという徹底ぶり。
この2週間にわたるキャンペーンは、大いにソーシャルメディアとマスコミの興味を引いた。CNN、ブルームバーグ、USAトゥデイなどに取り上げられ、スクートのFacebookページには6万人近くが訪れた(スピリット社の社員もいたそうだ)。反応の95%はスクートに対して好意的なもので、期間内の同社のグーグル検索数は32%も増加した。スクートは、訴訟に発展するかもしれないような事態を同社の宣伝機会に変え、見事にブランドアウェアネスの向上まで果たしたというわけだ。まさに守りを攻めに変えた好例で、カンヌライオンズやスパイクスアジアでもPR部門のシルバーを受賞した。攻めのブランディングと守りのレピュテーションが渾然一体となるのが今の時代。学ぶべきものが多い。ではまた来月!
本田哲也(ほんだ・てつや)氏ブルーカレント・ジャパン代表取締役社長/米フライシュマン・ヒラード上級副社長兼シニアパートナー/戦略PRプランナー。主な著書に『最新戦略 PR入門編/実践編』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)、共著に『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。 |