小売り企業にとって、SDGsやサステナビリティは本当に重要なのか。ニューラルCEOの夫馬賢治氏が、日本と欧米の最新事例を比較しながら、日本企業が持続可能な販促活動を続けるためのヒントを紹介する。
SDGs(図1)はここ2年ほど、国内外でバズワードになっている。大企業は相次いで「SDGsに貢献します」とプレスリリースを打ち、中小企業にもその動きが波及。それに伴い、SDGsのアイコンである「SDGsホイール」をかたどったバッジも飛ぶように売れている。
販促用のSDGsグッズも登場しており、インターネットで検索するとSDGs卓上カレンダー・SDGsクリアファイル・SDGsキーホルダーなどが多数ヒットし、キャラクターグッズ並みの人気コンテンツになっている。
その上今や数多くの企業の内部では、「うちの製品をSDGsと紐付けて販売できないだろうか」というようなことが検討されていたりする。
SDGsは、地球環境や社会課題の解決をみなで達成しようという素晴らしいムーブメントだ。だがそもそも「販促」とは「販売促進」のこと。原点に立ち戻って、SDGs販促グッズの提供や、商品のSDGsブランディングが販売の促進につながるのかというと、この問いに明確に答えられる人は数少ないだろう。
“サステナブル消費”は本当か
SDGsの販促価値を説明する際、流布している常套句は「ミレニアル世代はSDGsに対する関心が高い」だ。ミレニアル世代が大人になり、購買力をつけたとき、SDGsで訴求できなければ効果的な販促ができなくなる。そのように説明されることが多い。
電通が定点観測している「SDGsに関する生活者調査」の結果が2020年4月に発表されたが、確かに、男女ともに10代が最もSDGsを認知しており、次に20代が高いという結果だった(図2)。
しかしながら、SDGsに対する認知が高いことと、SDGsで「コーティング」することで販促効果を発揮することとは、必ずしも「イコール」ではないはずだ。
商品ブランディングの調査手法のひとつに、「いくらだったら買いたいか」「値段が高くても買いたいか?」を調べる「WTP(Willingness-to-pay)」分析というものがある。SDGsが提起するような環境・社会配慮型製品のWTP効果については、インテージから興味深い調査結果が発表されている。
2020年に環境・社会配慮型の食品・飲料についてWTPを調査したところ、「同じ値段なら買う」「分からない・関心がない」の回答が全体の7〜9割を占め、「高くても買う」と回答した商品群は多くても23%、少ないと8%程度だった(図3)。さらに衝撃的なことに「同じ値段でも買わない」も一定数おり、むしろ買いたくないという層がいることも分かった。
インテージはほかにも、消費財、美容商品、アパレルで同じ調査を行ったが、結果は食品・飲料とほぼ同じだった。この調査結果からは、消費者はやはり価格に敏感で、環境・社会配慮型の商品を高くても買うという人はかなりニッチな層だということが分かる。
環境・社会配慮型商品のWTPが上がらないことの要因について、近畿大学の太田壮哉准教授は、日本の消費者には偽善に対する猜疑心が強いと指摘している。
太田准教授は、2019年発表の論文「Fair trade information eliminates the positive brand effect: product choice behavior in Japan」で、フェアトレード情報を付けたチョコレートを対象にWTP分析を行っている。
その調査から、ブランド力のあるチョコレートは、フェアトレード情報を付けるとむしろWTPが下がることが分かった。太田准教授は、日本では企業が環境保全や貧困削減に言及する情報に懐疑的な印象を持つ消費者が多く、不用意に環境・貧困問題を訴求すると、むしろブランド力を下げることになると警鐘を鳴らしているのだ。
欧米企業にとってのSDGs
一方、海外ではどうだろうか。SDGsやサステナビリティ(持続可能性)というテーマを事業に活かす戦略では、海外企業の方が先行しているという話はよく耳にする。SDGs販促の推奨者は、海外ではSDGs販促によりWTPを上げる効果が示されたと説明することも多い。
だが、それらの調査の多くは、「実際に買ったか」ではなく「買いたいと思うか」という認識レベルの調査。この類の認識調査では、他人から好意的に見られる回答をしてしまう「社会的望ましさのバイアス」が作用しやすく、ついつい本心とは違う「いいかっこしい」の回答が多くなることに注意が必要だ。
事実、欧米でもSDGsでWTPが著しく上がったという実証例は少ない。そもそも海外では、製品パッケージにSDGsロゴを付けている製品はレアで、日本で普及しているSDGs販促グッズすら海外にはほぼ存在しない。日本で大流行中のSDGsバッジに至っては、イギリスとフランスのAmazonには出品がなく、アメリカのAmazonで唯一日本人が販売している商品が売られている程度だ。海外でSDGsバッジを買おうと思ったら、国連の正規ショップに行くしかない。
それでも欧米の小売企業やメーカーの間では、ウェブサイトや企業レポートの中でSDGsやサステナビリティに関する言及を大々的にしている。それどころか「サステナビリティを考慮しない企業に将来性はない」とまで言われるようにもなっている。
その一例として、イギリスのブランディング大手カンターが毎年発表しているブランド価値の世界ランキング「BrandZ」のレポートを挙げることができる。このレポートでは、2020年に初めて「サステナビリティ」に関する特集ページを設けた。この事実だけでも、ブランディングの世界で「サステナビリティ」が重視されてきたことが伝わってくるが、さらにそのレポートには、「サステナビリティは、もはやニッチ顧客層に向けたマーケティング戦略ではない。経営の必須事項になった」と書かれている。
日本でも海外でもSDGsでWTPを向上できるのは極めてニッチな消費者層でしかない。それなのにカンターは「経営の必須事項」と断言している。一体これはどういうことなのだろうか。この本質を理解するために、ここではプロダクトと店舗運営の2つの観点を基に、日本と海外の違いを具体的に見てみよう。
プロダクト
日本企業はブランドを立ち上げ
日本企業の中ではSDGsを意識した製品戦略として、環境や人権に配慮した新ブランドを立ち上げる施策が増えている。
例えば...