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THROUGH BOUNDARIES

魔境あるいは万能と劣等の心的複合体

宇野 全智(禅僧/曹洞宗総合研究センター研究員)

人は、ときに万能感、ときに劣等感に囚われてしまうことがある。どちらに傾いてもシーソーは同じシーソーだ (写真=123RF)

皆さんは仕事のなかで、「自分は天才なのではないか」と舞い上がる瞬間や、「自分はなんて無能なのだ」と落ち込む瞬間を経験されたことはありませんか。

禅では、これらの状態を「魔境」と呼びます。坐禅修行をしていると、時として天から光が下りてきたり、身体が宙に浮かんだり、いわゆる「神秘体験」をすることがあります。「これが悟りか」と興奮しがちですが、残念ながら大きな勘違いです。

逆に、自分は無能で愚かで、とても修行を続ける素質などないと落ち込み、嘆き悲しむ瞬間もあります。また誰かに憧れる気持ちが強すぎて、その人の一部を口にしたいと思ってしまう心、かと思えば、少しでも欠点が見つかると、全否定したくなる心も同じく魔境です。真面目に修行に打ち込む人ほど陥る傾向にあります。

どうすれば魔境から抜け出せるでしょうか。魔境の対処法はかなり古くから検討されていたようで、鎌倉~室町時代の禅僧・夢窓疎石と足利尊氏の弟・直義が切り結ぶ、『夢中問答集』でも紹介されています …

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魔境あるいは万能と劣等の心的複合体(この記事です)
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