IDEA AND CREATIVITY
クリエイティブの専門メディア

           

「仕事を奪う」は本当か 生成AIの隆盛とクリエイターの未来

学生200人の顔写真を活用「いそうでいない」をAIで実現した広告

近畿大学は毎年1月、ユニークな新聞広告を掲出している。 過去には「早慶近」や「近大の輪(いけす)です。」といったクリエイティブが話題を呼んだ。 2023年はAIを用いて生成された学生の画像をビジュアルに使用した。

「奇抜」から「いそうでいない学生」へ

毎年恒例となっている、近畿大学の正月広告。2023年の広告では「上品な大学、ランク外。」というコピーの背景に、学生の画像が配された6種を展開した(01)。このコピーは、リクルート進学総研が行った進学ブランド力調査2022で高校生を対象とした「上品な大学」のイメージ調査でランク外だったことに由来する。一見すると自虐的だが、「近畿大学らしさ」が伝わりやすいものを選定した。

一方で、コピーの内容が内容だけに、実在の学生の写真を組み合わせるわけにはいかない。そこで考えたのが、制作当時注目が集まり始めていた生成AIの活用だ。本広告の制作を手がけた電通 ビジネスプロデューサーの大西和博さんは、その過程について次のように語る。「当初は近畿大学のイメージを大げさに表現した架空の学生像の生成を目指しました。人間の発想力を飛び越えた、AI特有の奇抜で斬新な、ちょっとやりすぎなくらいの画像を期待していました」。AIが偶発的に生成してしまう、人間では思いつかないような画像の生成を狙っていた。AIに読み込ませるインプットとしては、別のランキングで近畿大学のイメージ上位にあった項目に基づき「コミュニケーション能力が高い」「エネルギッシュ」や、大学の特徴としても知られる「マグロ」「海」などのプロンプト(生成時にAIに入力するテキスト)を入力し、MidjourneyやStable Diffusionで生成を実行した。ところが、何度生成しても想像の上をいくような画像はなかなか抽出されなかったという。

01 2023年の正月広告。目を引くコピーの背景に「いそうでいない近大生」を配した。

電通 クリエーティブディレクター/コピーライターの佐藤朝子さんは画像の生成を繰り返す中で「そもそもAIの失敗を利用して奇抜なビジュアルを狙うということは、技術への向き合い方として正しくないのでは?という話になりました」と説明する。技術の未熟な部分に頼ることに対し、違和感を覚えたという。そこで方針を大きく変え、AIのもつ本来の機能を最大限に活かすことで「いそうでいない近大生」の画像を生成できないか、検討していった。

その中で、在籍する学生200名の使用許諾済みの顔写真をAIに読み込ませ、そのデータと既存のデータをかけ合わせて画像生成するシステム開発を近畿大学情報学部の学生に依頼したことで、精度の高い近大生の画像(02)が生成されるようになった。学生の技術で大学の広告を作成することも大学の宣伝になると考え、その技術を用いて納得のいく画像の生成を目指した。電通コピーライターの福居亜耶さんは「今回のプロジェクトは、この実在の学生200名の画像を使用できたことが大きかった」と振り返る。「一般的なAI画像生成ソフトだと、今回のような画像の生成は難しかったと思います。AIに近大らしい画像を学習させたからこそかなり精度が上がり、『近大生らしさ』を表現できるようになりました」。

02 生成初期の画像。
03 改良中の画像。
04 AIが過学習した画像。

その後は繰り返しプロンプトを変更しながら、アウトプットを調整。AIに何が正解で何が間違いかを都度インプットすることで、より理想に近い画像(03)を生成していった。時には過学習と呼ばれる、正解とされるインプットに対してAIが過剰に反応し、フィードバックがアウトプットに正確に反映されず、作画が壊れてしまうといった現象も起きた(04)。そうした生成過程の困難は、システムを構築した学生がプロンプトの調整をして対応していった。

また、リスクコントロールの一環で、生成した画像は全て200名の学生の画像と見比べて確認した。生成過程で出来上がった画像が偶然実在の学生と似てしまった場合に、肖像権などの問題が発生することを避けるためだ。

「AIで生成した人物をモデルとした前例が見当たらず、何に気を付けるべきかも未知数でした。そういった意味でも、元になる許諾済みの画像をデータベースとして使用できたことは大きかったですね」(佐藤さん)。AIで課題となりがちな権利の問題を、許諾済みの画像を使用しクリアしたことは、広告に生成画像を使用する上でも効果的だったようだ。

佐藤さんは今回の広告について「ベースとなるデータがあり、企画にもAIを使用する理由があり、AIを使ったシステムを開発した人にも理由がありました。だからこそ、"AIを使ったこと"に意味があります」と語る。AIの出始めである今だからこそAIを使ったこと自体が企画になっているが、一方でこれから先はAIの使用は当たり前になっていき、使用すること自体は目的化せず、手段になっていくのではないかと予想する。

また、今後のクリエイターとAIの関わり方として、福居さんは次のように話す。「広告のクリエイティブとして、その絵が『人からどう見えるのか』というディレクションをする人は、AIが画像を自由に生成できるようになったとしても必要だと思っています」。

電通
第6CRプランニング局 クリエーティブディレクター/コピーライター
佐藤朝子氏

電通
CMプランナー/コピーライター
福居亜耶氏

電通
第3ビジネスプロデュース局 ビジネスプロデューサー
大西和博氏

  • 企画制作/電通+大阪宣伝研究所+グラフテクノ
  • CD+企画+C/佐藤朝子
  • 企画+C/福居亜耶
  • C/世耕石弘、稲葉美香
  • 企画+AD/佐々木楓
  • AD/小村純太
  • D/山本将平
  • 画像生成/コードネームK(近畿大学情報学部1年生)
  • Pr/今泉拓也
  • 製版/上坂誠
  • AE/大西和博
  • 掲載/15段:朝日・読売・毎日・産経・日経・スポニチ・日スポ・サンスポ・スポ報・デイスポ(1/3 大阪本社版)、11段:夕刊フジ(大阪支社版 1/4)

無料で読める『本日の記事』をメールでお届けいたします。
必要なメルマガをチェックするだけの簡単登録です。

お得なセットプランへの申込みはこちら

「仕事を奪う」は本当か 生成AIの隆盛とクリエイターの未来 の記事一覧

手塚治虫のあの名作で検証AIと共に挑む“新作”づくり
グローバル事例に見る未来の可能性「AIはアイデアを実現する最高の手段になる」
AI vs AIの議論を描く実験的映画人間とAIの境は?
AIによるデザインを人は見抜けるか?
クリエイターのAI活用実態調査 262人の答え
広告会社が挑むクリエイティブ力を拡張するAIの使い方
「世界は言葉でできている」アンドロイドとの共創で見えたもの
櫻坂46のメンバーと渋谷をスキャン:「NeRF」を用いたアートワーク―櫻坂46『Start over! 』
「不気味の谷」をいかに越えるか4枚のイラストをAIで補完した動画:KDDI/αU「もう、ひとつの世界。」
画像生成AIとブレストしてできたテレビCM:大日本除虫菊/キンチョール「ヤング向け映像」
学生200人の顔写真を活用「いそうでいない」をAIで実現した広告(この記事です)
ブレーンTopへ戻る