クリエイターのオフィスを訪ねると、よく見かける、大きな本棚。忙しい仕事の合間に、クリエイターたちはどんな本を読んで、どのように仕事に生かしているのか。第66回目は、作家・マンガ家の小林エリカさんが登場。自身の仕事や人生に影響を受けた本について聞いた。
『アドルフに告ぐ』
手塚治虫(著)
(講談社)
イスラエル、ガザを空爆。そんなニュースのヘッドラインを見つけるたびに私は気持ちが落ち着かない。そうするうちに、〈隠れ家〉に身を潜め「アンネの日記」を記したアンネ・フランクが思い描いた将来の夢は作家かジャーナリストになることで、その姉マルゴットの夢は、パレスチナへ移住して看護婦になることだったというのを思い出す。
マンガ「アドルフに告ぐ」ではアドルフという同じ名を持つ三人の異なる人生が描かれる。勿論そのうちのひとりは、かのアドルフ・ヒトラー。ただ、物語の中心は彼ではなく、ふたりのアドルフ少年の友情が時代に翻弄されてゆくさまである。ヒトラーは死に、ドイツは敗戦を迎え、第二次世界大戦は終わっても、ふたりのアドルフの人生は続く。イスラエル建国と中東紛争から現在のパレスチナへ繫がる物語は決して終わらない様がくっきりと、ここには描かれている。
ある日、私の父がアンネと同じ1929年の生まれであることに気づいたのは父八十歳の誕生日のことだった。
いま私の目の前で起きている出来事は、それほど遠くない過去の時間から、確実に繫がる出来事のうちのひとつで、いまも物語は少しも終わっていない。
『刺繍 イラン女性が語る恋愛と結婚』
マルジャン・サトラピ(著)
(明石書店)
イランの女性たちがお茶を飲みながら繰り広げるガールズ・トーク・マンガ。したたかであけすけでユーモラスで描き方からして度肝を抜かれる。頭では理解していたはずの文化の違い、というやつは一瞬で瓦解する...