クリエイターのオフィスを訪ねると、よく見かける、大きな本棚。忙しい仕事の合間に、クリエイターたちはどんな本を読んで、どのように仕事に生かしているのか。第65回目は、マームとジプシー主宰の藤田貴大さんが登場。自身の仕事や人生に影響を受けた本について聞いた。
『トムは真夜中の庭で』
フィリパ・ピアス(作)、高杉一郎(訳)
(岩波少年文庫)

ぼくの母親は、ぼくが寝る前にはかならず本を読み聞かせするひとだった。『トムは真夜中の庭で』も母親が、小さいころのぼくに読み聞かせた、一冊。真夜中のイメージと、記憶のはなし。トムは真夜中の庭で、おんなのこと出会う。たぶん自分とはちがう時代に生きている、おんなのこと。文字として自分で読んだことはなくて、母親の声として。音として、憶えている本である。だからなおさら、作品世界の質感のようなものが、耳の底に感触として残っていて。この本の全体に漂う空気とか、湿度みたいなニュアンスは、ぼくがつくる舞台に確実に影響しているとおもう。母親は、ぼくが中学三年生になるまで、寝る前の読み聞かせをつづけた。テレビなどを見てはいけなかったし、なんていうか、現実世界以外の世界、つまりフィクションの世界の輪郭は、母親の声が、音がつくりあげて、ぼくはその輪郭のなかでいろんなことを妄想して泳いでいたのだろう。舞台をつくることはある意味、妄想あそびで、その原点が母親の読み聞かせであり。そして『トムは真夜中の庭で』の作品世界が、ぼくが立ち返る場所なのかもしれないといつもかんがえながら、舞台を日々、つくっている。
「NEW WAVES 2000-2013」
ホンマタカシ(著)
(発行/1223現代絵画、発売/アートイット)

つねにぼくが作品をつくっている現場に置いてある本。たぶんホンマさんとは見つめている海はちがうのだろうけれど。マームとジプシーの大切なモチーフとして、海がある。いままでも ...