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フューチャリスティック・アドに見る ユートピアとディストピア

楓セビル

スミノフ・ウォッカの広告。「スミノフを飲んだことないって?いったいどこに行ってたの?」というコピーと、宇宙士の服を着た女性で、スミノフが未来の飲み物であることを伝えている。1970年代の雑誌広告。

2002年、世界的に大ヒットとなったトム・クルーズ主演、スティーブン・スピルバーグ監督のSF仕立てのサスペンス映画『マイノリティ・リポート』は、2054年の米国の姿を描いたものだった。2054年にはまだほど遠いが、スピルバーグが『マイノリティ・リポート』で予測したテクノロジーは、すでにいくつか実社会に登場している。例えば、最近登場したビッグデータのおかげで、消費者のニーズがリアルタイムでわかり、彼、または彼女が店に入ると、彼らが求める商品の広告やメッセージが、目の前のスクリーンや音声で提示されるテクノロジーもその一つだ。

『マイノリティ・リポート』はSF映画だが、広告の世界にも"未来"をフィーチャーした広告ジャンルがある。フューチャリスティック・アドと呼ばれるものだ。

フューチャリステック・アド今昔

フューチャリスティック・アドの手法を使った広告は、すでに20世紀の初頭から登場している。最も多くこの手法を使っているのは自動車業界である。例えば、1957年のクライスラー・プリムスの雑誌広告は、「突然、1960年になりました…プリムス!」と、この車を買うことで誰よりも早く、3年後の社会を手に入れることができることを訴えている。自動車についで、家電、テレビ、通信、玩具などもこうした表現を使うようになった。1970年のソニー・テレビの広告「ソニーを買うことで、未来があなたのものになります」というコピーもその一つだ。

1970年のソニー・テレビの広告。ポータブル・テレビが日常茶飯事になる日の来ることを予言している。

20世紀の終わり、自動車に、当時から活発な活動を始めた通信、コンピュータが、このトレンドに加わった。そして、その中から、フューチャリスティック・アドの古典と言われるキャンペーンが登場した。1993年から1994年の2年間、AT&Tが展開した「あなたはきっと」というシリーズ広告キャンペーンである。11本の広告が制作されたが、それぞれに21世紀に登場するはずの、人間の生活をよりよくするテクノロジーが紹介されている。

そして22年経った現在、その広告が予測した11のテクノロジーのほとんどが実現されている。「まだボストン大学の学生だった僕にとっては、それらの未来のテクノロジーは、全く架空のものように思えた。だが、架空のものではなかったのだ!」と、投資家でブロガーのピーター・シャンクマンは書いている。また、「AT&Tのこのキャンペーンは、フューチャリスティック・アドのもっとも優れた例だと言えるだろう」と、バズフィードのライター、ブライアン・ガリンドは言う。

AT&Tのフューチャリスティック・アド・シリーズより。その予言テクノロジーのほとんどが実際に登場していることで、フューチャリスティック・アドの名作と言われている。

AT&Tの「あなたはきっと(You Will)」キャンペーンのCMはどれも「あなたはこれまで…」という問いかけで始まり、最後に「あなたはきっとそれを経験するでしょう。そしてそれをもたらすのはAT&Tです」と結んでいる。

例えば、eブックを予測しているCMでは、「あなたは何千マイルも離れたところから本を借りたことがありますか?」と問いかける。また、GPSのCMでは、「方向を確認するために一度も車を止めず、アメリカを横断したことがありますか?」。「会社の会議に、あなたは裸足のままで出席したことがありますか?」と、休暇中の海辺のホテルからテレカンファレンスに出席することを可能にするスカイプやフェイスタイムなどを暗示している。「あなたは観たい映画を観たい時にすぐに観たことがありますか?」。まさにHuluのようなオンデマンドの映画サービスである。そのほか、電話やEメールなどの機能を持った腕時計、グーグル翻訳サイト、遠隔教育、ボイスコマンド、ロボットのパーソナル・アシスタントなどが登場する。

ユートピアvs ディストピア

AT&Tが予測し、的中したこれらのテクノロジーは、人間の生活をユートピアに変える、明るい、楽しいものばかりである。しかし、フューチャリスティック・アドにはユートピアの反対のディストピアを予言しているものも少なくない。また、このカテゴリーに入る広告には、よく知られたものが多い。「ユートピア広告にはない強い、切迫したインパクトがあるため、ブランドの中にはこの方法で、氾濫する広告メッセージから抜きん出ようと試みるものもある」と、メディアポストの編集長ジョー・マンディースは言う。

もっとも有名なディストピア広告は、1964年の第36代アメリカ合衆国大統領リンドン・ジョンソンの選挙広告「Daisy」だろう。少女が1枚1枚、ヒナギクの花びらをむしっている。「ワン、ツー、スリー…」。10まで数えると、突然、少女の向こうに原爆のキノコが立ち上がる。

アップルの「1984」もディストピア広告の一つである。魂を抜かれたように、無感動に画面を眺めている囚人服の無数の人間。コンピュータに魂を奪われた社会の姿を映し出したものだ。「新しく登場するアップル・コンピュータを買わなければ、君たちはみんなこんな姿になるよ」と、暗示しているのだ。

「Crying Indian」という、1971年の名作CMも、ディストピア広告である。米国の原住民インディアンが主人公だ。自分たちの住む地球が、どんどん汚されていくのを眺める老いたインディアンの目に涙が浮かぶ。ホッキョクグマが登場する日産リーフの「Polar Bear」も、トヨタ自動車の「The Real Deal」もともに、このカテゴリーに入る広告だ。

トヨタのディストピアCM。何も起こらない灰色の世界。その中でただ一つ、生き生きとしているのはトヨタの車。車は不気味なほど静かな夜の街を抜け、明るい、楽しい世界が広がるガラスの壁を破る。

最近のディストピア広告は、メキシカングリルのチェーン店チポトレの「Scarecrow(かかし)」だ。クローフーズ社の工場に雇われたかかしが、そこでホルモン注射を受ける鶏や、小さい檻に詰め込まれている乳牛や、栄養価の低い食品を作るロボットカラスなどを目撃し、失望と怒りを感じて自分の家に帰る。が、小さい畑になった野菜を見つけ、新鮮な食材を街の人たちに配布したいと考える。そして、かかしは、新鮮な素材でサンドイッチを作り、子どもたちに配布する。チポトレは、ディストピア社会を見せることで、チポトレを食べている限り、食品のディストピアは訪れないという、かなり独断的なメッセージを伝えているのだ。このCMは、2014年度のカンヌライオンズでグランプリを受賞している。

ディストピア広告の代表、チポトレのCM。工場で食品がどのように製造されているかを描き、チポトレの自然食品の安全性を訴える。

テクノロジーから幸せな人間社会へ

21世紀に入って、IoTが消費者の生活だけでなく、広告業界の問題解決法の一つとして定石になってきているいま、テクノロジーを中心としたフューチャリスティック・アドが、さらに大きく台頭してきている。ただ、20世紀後半に作られたAT&Tの「あなたはきっと」のように、日進月歩のテクノロジーの未来を予測することが昔ほど容易ではなくなっている。さらに、日常生活の中に氾濫している無数に近いテクノロジーの中で、“テクノロジー離れ” をする消費者も出現しているという2 つの事実のために、フューチャリスティック・アドの内容が変わってきている。

トンネルの向こうにほのかに見えるよりよい社会の魅力は、いまも同じように強いが、そのユートピアは新しいテクノロジーの世界ではなく、人間の心の中に常に存在している夢、愛、幸せなどに対する憧憬である。最近のこのカテゴリーの広告の多くが、テクノロジーそのものでなく、それと融合して幸せに暮らしている人間をフィーチャーしているのはそのためだ。

例えば、アウディの「Shoot for the Moon」。かつて宇宙飛行士だった父親。年老いて、いまは抜け殻のように何に対しても興味を示さない。その様子に心配した息子が、ある満月の夜、父親を誘って最新のアウディの車でドライブにでかける。最初は何の感情も見せなかった父親が、車のスピードが上がるにつれて、月に向かって飛び立った宇宙飛行士としての経験を思い出す。大きく微笑む父親。アウディの性能に感謝する息子。

アウディの「Shoot for the Moon」。昔、宇宙飛行士だった父親が、若い時の宇宙経験に見合う楽しい瞬間がないために無口になり、食欲もなくなっている。そんな父親をなぐさめるために、息子は満月の夜、父親をアウディに乗せて走る。そのスピードに、月に向かって飛び立った経験を思い出し、父親は久しぶりに微笑む。

また、メルセデス・ベンツの「Streak」というCMもテクノロジーではく、父親と息子の幸せな関係をテーマにしている。夜、幼い息子に天体望遠鏡で、流れ星を見ている父親。ふと空を見上げると、いましも銀色の大きい流れ星が暗い空を横切る。が、よく見ると、それは夜の道を疾走するベンツ。

テクノロジーを伝えながら、観る人をほっとさせるこれらのフューチャリスティック・アドを見て、テクノロジーに支配されるディストピアでなく、人間が幸せに暮らせるせるユートピアを見る人は多いだろう。

メルセデスベンツのCM。親子が望遠鏡で流れ星を見ている。と、他より明るい流れ星が見えた!よく見ると、それは夜の道を流れ星のようなスピードで走り去るメルセデスベンツだった。

楓セビル(かえで せびる)

青山学院大学英米文学部卒業。電通入社後、クリエーティブ局を経て、1968年に円満退社し、ニューヨークに移住。以来、アメリカ広告界、トレンドなどに関する論評を各種の雑誌、新聞に寄稿。著書として「ザ・セリング・オブ・アメリカ」(日経出版)、「普通のアメリカ人」(研究社)など。翻訳には「アメリカ広告事情」(ジョン・オトゥール著)、「アメリカの心」(共訳)他、多数あり。
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