良かれと思って知らせたことが誤情報だった、ミスリードだった──。故意のデマに限らず、誤情報が拡散されるリスクは常にある。コロナ禍の社会不安が高まるタイミングは、なおさら注意が必要だ。更なる拡散を防ぐための広報コメントの書き方について考える。
本当かどうか分からない情報、間違っている情報を表す言葉はたくさんあります。「誤情報」「虚偽情報」「デマ」「流言」「風説」「風評」「うわさ」「ガセネタ」「フェイクニュース」。少しずつ意味は異なりますが、本稿ではこれらの言葉を代表し、主に「誤情報」(間違った情報)や「デマ」(拡散意図をもってでっち上げた嘘の情報)を取り上げます。
昔からそうですが、誰かの意図により、あるいは何かのきっかけで誤った情報が事情を知らない人達に広まると、大きな社会問題を引き起こすことがあります。例えば1923年の関東大震災の混乱下では、口コミで広がった事実無根の流言に踊らされた人々が、何の罪もない多数の朝鮮人を虐殺したとされています。そしてこのコロナ禍では、SNS上で新型コロナワクチンへの不安をあおる根拠のない誤情報が飛び交っています。
誤情報とリスク
誤情報・デマの拡散とその影響は、必ずしも一直線ではありません。例えば2020年2月末頃から発生したトイレットペーパーの品薄。「新型コロナの影響で中国からトイレットペーパーが輸入できず、品切れになる」とのSNS上のデマ投稿がありましたが、これ自体はほとんど拡散されていない、と分析されています*1。
しかしトイレットペーパー不足を「否定する投稿」がいきなり大量にSNS上に溢れ、ニュースサイトやテレビ番組で騒動が取り上げられ、「デマが流れているなら、実際には品不足になるかも」と疑いを抱いた人たちが、先回りして買い占めに走ったというのです。
社会不安の中で生まれた心理状態が、買い占めのような行動を引き起こし、商品やサービスに影響を与える。こうした例は、SNSが普及する前からあります。1973年に発生した「豊川信用金庫事件」では、信金に就職が決まった女子高生と、友達が他愛のない会話を交わす中で、友達が言った「強盗が来るから危ないよ」が、「この銀行は経営が危ない」という誤情報に変貌し、地域に急激に拡散。預金の引き出しが殺到する騒ぎに発展しました。当時はオイルショックによる不景気。信金が誤解を解く説明をしてもなお不信感が生じました。
誤情報への対応事例
悪意なく誤情報が増幅したとしても、その風評被害によって企業のブランドが失墜し、経済的な損失を招くことがあります。人々が不安を抱えながら生きる、コロナ禍の真っただ中にある現在、広報担当者はどのように対応すればよいのでしょうか。
ここでは3つの事例をあげます。各事例は状況や対応の仕方が大きく異なりますが、危機管理広報という点で、それぞれ正しい対応をしたと思います。
①危機下の混乱を鎮静する迅速な反論
最初にあげる例は、2020年2月、3月のフマキラーのメディア対応です。コロナ感染対策品への関心が急激に高まっていた当時、あるメディアでこんな報道がありました。
「キッチン用エタノールにコロナウイルスに対する消毒効果はあるか」という視聴者の疑問に、「科学的証明はされていない。手指の消毒に使われる市販の消毒液は濃度が80%程度のものが多いが、キッチン用のエタノールは50%ほどのものが多い(要旨)」といった専門家のコメントを紹介したのです。これに反論したのが20年以上前からキッチン用除菌剤を製造販売してきたフマキラーでした。
まず「当社除菌剤成分のコロナウイルス科に対する効果を確認」の見出しでリリースを発表。効果の確認の仕方、結果などが詳しく記載されています。トーンとしては、冷静に情報を提供するものです。
続けて「『キッチン用エタノール』報道に対する当社見解」というリリースを発表(図1)。この内容について、一部のブログやオンラインメディアでは、フマキラーが「激怒」「反論」した、と紹介し反響を呼びました。確かにこのリリースは抗議文のようなトーンを備えています。その背景には、高濃度アルコールは引火の危険性もあり、高濃度のものだけがウイルスに効くという偏見を払拭しようとする意図がありました*2。フマキラーは、この騒動の後も、新型コロナウイルスでの実験を行い、除菌効果が証明されたとのリリースを発表しています。
デマや誤情報が人々の心に異常な心理状態を生みだす危険があるコロナ禍のもとで、フマキラーのように毅然とした態度で、デマや誤情報に...