下請け企業から届いた告発 暁新聞社会部の本気〈完結編〉
副社長を含む3人の役員による粉飾決算が明らかとなった浅津電気。ついに地検による強制捜査が入った。広報部の川北琢磨は逮捕された3人が連行される姿をテレビ画面で見ながら無力感に襲われる。そして200人以上のメディアが集まった記者会見で、社長の小石川雄作は想定問答とは違う回答を口にしはじめた……。
広報担当者の事件簿
*この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。
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【あらすじ】
N市に拠点を置き、電気工事関係の古株企業である与田電機。地元では一目置かれる有力企業だ。11月のある日、同社の総務部に1本の電話が入る。それは、同社の社員とN市幹部との“不都合な関係”を暴く、地元紙の社会部記者からの電話だった。一体何が起きたのか─。部下と久々の休息を楽しんでいた総務部長の竹下良樹は事実を受け入れられずにいた。
久しぶりの夜だった。この2カ月間、四半期決算の発表やら新技術の発表会やらと目まぐるしい毎日を送っていた。11月に入って秋も急に深まり、総務部もようやく一息ついた感がある。
「フーッ!美味い!何事もない日のビールは格別だな」総務部長の竹下良樹が、ちょっと一杯やって行かないか、と別所裕和に破顔しながら同意を求めた。おんぼろのワンルームに帰っても誰かが待っていてくれているわけでもないし、久しぶりに飲んで帰りたい気分も手伝っていた。
今日までの2カ月、入社2年目の別所にとって初めてのことばかりだった。新入社員だった昨年は右往左往するばかりで、コピー機の前にいるときが最も落ち着いた気分でいられた。しかし、2年目の今年は総務部の戦力として期待され、中でもマスコミ対応を先輩部員と任されていた。そんな日々が続いた後の、ようやく訪れた束の間の休息である。ビールが喉から胃袋にかけて沁みわたり、細やかだが至福の時間だった。
地方都市のN市に拠点を構える与田電機。創業から半世紀を過ぎ、N市では古株の電気工事関連の総合企業だが、ここ数年“与田市電”と陰口を叩かれるほど市の庁舎新築や改修工事では同業他社に比べ高い確率で業務を受注していた。
現社長の岸川剛は創業家からバトンを渡された3代目の社長だが、岸川が社長になってからの4年間で、与田電機は自治体業務が増加の一途を辿っている。従業員にしてみれば、たたき上げの、しかも営業出身の岸川が社長になって以降、右肩上がりを続ける業績のおかげで、街中を歩くときは背筋が伸びる感覚でいられた。忙しさが勲章なのだと誰もが感じており、中でも総務部は、会社の中枢として位置付けられている。
「君も総務部にいるんだから、もっと頑張ってもらわないとな」「はい。早く皆さんに追いつきたいです。いつまでも半人前では、総務部に置いていただいている意味がありません」。
「まあ、会社がなくなることはないから、焦らずに一つずつ覚えていくといい」。うなずいて聞いている別所に「与田といえば、誰もが入りたい会社になったんだからねえ」と鷹揚に言いながらビールのおかわりを注文した。
店内では、そこかしこで賑やかな声が響いている。店主は竹下を確認すると“与田電機の番頭”と持ち上げた。与田電機の社員が来店していることが自慢であるかのように、店の客に紹介している。会社のことはどうでもいいでしょと言いつつ“ お前も早く俺のようになれよ”と満足げな竹下が視線を送ってくる。そんな光景を目前にし、別所は与田電機に入社して良かった、と心から思っていた。
「総務部です」。
川端竜太が帰ろうとしたとき、自席の電話が鳴った ...