【あらすじ】
市民からの声を各部署に届ける市民サービス課。ある日、産業廃棄物処理の入札にまつわる告発メールが届いたものの、企画課課長の君津凌士はその信憑性を信じきれずにいた。部下の小浪万文に共有していた時、暁テレビの記者が訪れる。そして迎えた正月明けの出勤初日、再び暁テレビの記者から連絡が入った。
いい加減に目を覚ませ
部下の小浪万文は、メールを読み終えてもしばらく無言だった。「君津さん。これマジかも」「マジって?」小浪が周囲を見やる。「事実かもしれないですよ」「お前まで。冗談だろ?」企画課課長の君津凌士が両手を頭の後ろで組む。「場所変えませんか」小浪が会議室に視線を送る。
「議長の溝淵先生と鳥取興産の彦田社長が割烹料理店『夕子』から出てくるのを見たんです。それと先日の入札結果。鳥取興産が落札した翌日に長谷局長と彦田社長が会っています」小浪の顔は真剣だった。脳裏に市長が頭を下げる姿が浮かぶ。
「それがメールの内容と結びつくとは限らない」「だとしても可能性はゼロではない……ですよ」「真面目に言ってるのか?」「冗談でこんなこと言えないです。万が一にも事実だとしたら、大変なことになる。メディアも黙っていないし、広報を担当するうちが矢面に立たされますよ」「脅迫か?」「進言です。私も対応者ですから」君津が黙り込む。
会議室のドアがノックされ扉が開く。「小浪さん、暁テレビの記者が来ています。訊きたいことがあるそうです」企画課の日向真理が二人を視る。君津と小浪が顔を見合わせる。「で、なければいいが」主語をつけずに呟いた君津が溜息を吐く。「願うばかりです」小浪が会議室を出ていく。
メディア対応は企画課に任されている。日頃、係長の小浪が主に対応していた。これまでも交通事故や傷害事件、火災などは起きているが、この町で「事件」と呼べるものは起きていない。とくに市会議員や市職員が関係したいわゆる〝サンズイ(汚職)〞絡みは皆無だった。
広報を担当する企画課にとって地元にいるメディア記者たちは身内であり、小浪にとっても与しやすい相手である。暁テレビといえば全国区のテレビ局だ。小浪が覚えのある暁テレビの記者は、地元支局の入社三年目の若手だ。来客を告げた日向にも面識はあったが、どうもその記者ではなさそうだ。いやな予感を抱きながら受付に急いだ。
気持ちの落ち着かない日が続いた。年末から三が日まで、君津はスマートフォンの着信音が鳴らないでほしいと願っていた。今日で正月休みが終わる。小浪が年末に対応した暁テレビの記者のことが気がかりだった。
名刺には「関西総支社特報班記者 小倉保志」とあった。「新規に建設される全国の廃棄物処理施設の必要性、地域住民に対するメリット、デメリット等を取材している」ということだった。
終始笑顔のまま小浪の説明に耳を傾け、資料を受け取ると「またお伺いするかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」と丁寧な態度で引き上げたという。物腰は穏やかだが時折見せる目配りは〝記者らしい記者〞という印象だったという。本当の目的はあのことかもしれない。
テレビでは箱根駅伝が映し出されている。二〇年前、ランナーのひとりとして走った自分の姿を思い出す。あの頃はチームのためだけにひたすら走った。ランナーは走れなかった者の悔しさも背負い、ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために想いを共有してチームになっていった。懐かしさがこみ上げる。「チームか……」画面に向かって呟いた。「ん?」テーブルの上でスマートフォンが振動する。記者が動き出したのかと一瞬慌てたが、画面には〝市民サービス課東川幸作〞と表示されている。舌打ちしたくなるのを抑えてボタンを押す。「君津です」ぶっきらぼうな声で出る。
「明けましておめでとう。本年もよろしく」新年から元気な声が鼓膜を刺激する。「どうも。今年もよろしくお願いします」お決まりの挨拶を交わす。「どうしたんですか。新年早々」「メールが届いている」東川が声のトーンを落とす。
「何のメールですか?」まだ三が日も明けていないのに、誰からのメールだというのだろうか。「市民サービス課は今日から出勤しているもんでな。市民からのメールだ」「年明け早々お疲れ様です」社交辞令としてねぎらいの言葉をかける。それでも、正月休みだというのに東川がわざわざ電話をかけてきたのには理由があるはずだ。胸がざわつきだす。
「今度は、かなり具体的な内容だった」「何がですか」それでも平静を装う。「『前回もメールしていますが、新たに建設された廃棄物処理施設における産業廃棄物処理の受託入札にかかわり、市議会議長の溝淵雄大、市企画局長の長谷守一そして産業廃棄物処理会社の鳥取興産の三者は、入札前に他社の価格を共有し、鳥取興産が落札するよう情報を漏洩(その時の写真がこちら)』とあり、写真が添付されている」溝淵と田が市内の「夕子」の前で握手している写真と、鳥取興産が落札後に溝淵と長谷にそれぞれ三百万円、百万円を振り込んだ振込明細も添付されているという。
「事実なら市政始まって以来の騒ぎになるぞ」「ちょっと待ってください。そんな重要なことを市民サービス課のメールに送ってきますかね」