新型コロナウイルスの拡大でマスクの需要が急騰した。一部ドラッグストアが推奨品とマスクの抱き合わせ販売を実施し、批判を集める結果となった。ドラッグストアで働く薬剤師にとって「お客さまのため」の接客とは何か。市販薬の販売の実態と雇用側の企業が取り組むべきことについて、薬剤師でブロガーのkuriedits氏が解説する。

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コロナ対策商品はただレジを打つのみ
もし私が小売業に身をおいていなかったら、到底承知できないようなことが、今起きている。
昨今の新型コロナウイルスの話題で、様々なウイルス対策商品が店頭に出回った。その中には、現場の社員が戸惑うような商品が少なくない。市販薬ではないが、消費者庁から改善要請を受けた商品もある。にもかかわらず、商品選定のあり方や、商品の価値の議論は、ネットや報道を見ても俎上に乗らない。店頭の販売員は「本社・本部の指示だから」と、ただレジを打つのみだ。
こんな風に「指示された商品を黙って販売し、レジを打つ」ことが当たり前の小売業界なのかもしれない。その中で、市販薬販売は最善を尽くせているだろうか?
こんな店長にはなりたくない
とても恥ずかしい話から、お聞きください。
それは薬剤師の私が、かつて大手ドラッグストアで市販薬の販売に携わっていたときのこと。薬の相談を受け、下痢止めを一つ買っていただいた。お客さまからは感謝の言葉。満足のいく接客を終えた私は、しかし、すぐに店長に呼び止められてこう言われた。
「あんな安い薬、売っても利益にならないから……」
利幅の大きい、店の推奨品を勧めなかったことがまずかったらしい。あまりに唐突なことで、「ハァ」としか言えなかったが、しばらくして腹が立ってきた。
科学的・臨床的に間違った説明をお客にしていたのなら、叱られて当然だ。でも「お客さまのために」と思ってした行動を、「儲けが出ない」と頭ごなしに否定されたら、やりきれない。冗談じゃない! こんな店長には絶対なりたくない!! そう強く思った。
ところがその後、私もこの店長のような存在になっていく。
「売るのに罪悪感」と言われて
時と場所は変わり……私が店の運営を任される立場になった時のことだ。売り場は推奨品の販売に力を入れていた。社内でも好成績。運営は順調かのように見えた。ところがある日、予想外のことが起きた。日用品を担当する社員の一人が会社を辞めると言い出したのだ。いくつかの退職理由の中で、こんな言葉があった。
「推奨品を売ることに罪悪感があるんです」
衝撃的だった。私の売り場は退職率がかなり低く、それは私の誇りの一つだった。それがまさか、そんな退職理由が出るなんて……。私は「お客さまに購入を無理強いしてはいけない」と言ってきたが、この社員は販売にプレッシャーと疑問を感じていた。この話を聞いたある人は、
「推奨品のない企業なんてない。その社員は小売業が向いていない」
と言ったが、私にはそうは思えなかった。
従業員を悩ます「市販薬のジレンマ」
よくある話といえば、そうかもしれない。でも、現場で働く者にとってこれは決して「小さな問題」ではないと思う。
私の専門である医薬品ついていうならば、「薬剤師が良いと考える薬」と「会社が売りたい薬」が一致しないことは珍しくない。そして、薬剤師は「専門的知見」と「経営的利益」が一致しないことにストレスを感じているはずだ。
私はこれを「市販薬のジレンマ」と呼ぶ。
市販薬の販売は、一般商材よりも厳しい販売ルールが法律で定められている。“市販薬の専門家”である薬剤師か登録販売者が必ず店舗にいなくてはいけない。医薬品は誤った使い方をすれば健康を害するので、国は専門家を設けて消費者が安全に薬を使えるようにしているのだ。
その担い手である薬剤師には「国民の健康な生活を確保する任務」が法律で明記されている(※1)。あまり知られていないことだが、いくら消費者が薬を欲しがっても、症状によっては「売らない」ことも彼らの職務だ。
(※1) 薬剤師法 第一章 第一条
ところが...