近年、リアルタイムで販売価格を変動させるダイナミック・プライシング(変動価格制)の導入がさまざまな業種で目立ってきた。ここでは、小売業がダイナミック・プライシングとどのように向き合うべきか、法政大学経営大学院・教授の小川孔輔氏が解説する。

「Amazon 4-star」店内のようす。写真はニューヨークの店舗。
Amazon 4-starにて技術環境の変化
10月3日(現地時間)、2018年の導入から1年半が経過した無人コンビニ「Amazon Go」と、2018年9月にニューヨークから出店が始まった実験店舗「Amazon 4-star」を視察した。訪問した店舗は、サンフランシスコ郊外のバークレー市にある真新しい店だった。商品が実に整然と陳列されていて、店内も清潔に維持されていた。
「4-star」には、EC(電子取引)の評価で「★4点」以上を獲得したベストセラー商品だけが並んでいる。天井を見ると、「Amazon Go」と同様にたくさんの監視カメラが設置されているのがわかる。筆者は料理本とビジネス本を1冊ずつ購入したが、案内役の現地スタッフにカードで支払うことをお願いした。
というのも、書籍や家電製品、おもちゃなどの商品棚には「デジタル値札」(電子棚札)が付いていて、通常価格とプライム会員向け割引価格の両方が表示されていたからである。プライム会員のわたしが購入した書籍は20%引きになる。プロモーション用の特別陳列の棚では、プライム会員向けに半額にディスカウントされている商品も見つけた。スタッフの説明によると、これは最近になって登録メンバーが1億人を超えたプライム会員をさらに増やすための施策らしい。
デジタル値札を用いている理由は明らかである。デジタル表示の値札を採用することで、時間によって価格を自由自在に変更できるからだ。ECの価格と連動させることもできるし、店内の混雑状況やプロモーション活動に合わせて、売価を変更することもできる。また、データ分析の結果を、価格設定に反映させることも可能である。たとえば、店内の回遊性を高めるための実験(監視カメラはそのための装置)で、価格を自由自在にコントロールできる。
デジタル値札の導入に象徴的に見られるように、近年になってダイナミック・プライシングを採用する小売業やサービス業が増えてきている。これは、デジタル技術の発展とデータ・サイエンスの分析手法の高度化(AIやビッグデータの解析)によるものである。とはいえ、時間によって価格を変えるマーケティング実務は、なにも今にはじまったことではない。
ダイナミック・プライシングの理論的基礎
曜日や時間帯、季節によって価格を変える「ダイナミック・プライシング」(変動価格制)は、経済学の「差別価格の理論」が根拠になっている。顧客ターゲットごとに、あるいは利用時間帯別に提供する値段を変えたほうが、企業にとってより利益が大きくなるからである。
たとえば、時間に余裕がある若者や年寄り向けに、映画館は観賞料金を半額程度に割り引いている。これは、値引きの対象となる消費者の価格弾力性(価格感度)が、時間的に余裕のないビジネスマンより大きいからである。若者や年寄りは、値段が安くなる曜日や時間帯に自分の利用時間を合わせることできる。ところが、ビジネスマンは時間を選べる自由度が小さいため、高い価格を支払わされることになる …