コモディティ化が進む中、小売業には既存のサービス以上の新しい価値を消費者に提供することが求められている。その価値を生み出すための3つの方向性と取り組むべきことについて、同志社大学商学部・准教授の髙橋広行氏が解説する。

北野エース枚方t-site店のレトルトカレー売り場「カレーの壁」(株式会社エース提供)
業務効率化には限界がある スパイラルからの脱却を
食品スーパーは、消費者の地産地消ニーズを意識して、地元の野菜や食品を積極的に取り入れたり、惣菜や鮮魚売り場では、時間帯別に加工度を高めたりすることで、来店客のニーズに対応する。さらに、店内で働くパートタイマーのやる気を高め、そのやる気を売り場づくりに発揮してもらう工夫など、日々の地道な業務改善と顧客対応を繰り返しながら、進歩し続けてきた日本を代表する業態である。
しかし、我が国の現状は少子高齢化であり、一人当たりの消費量も市場全体としての消費量も減少傾向にある。さらに、売り場面積は増加しているものの、大手小売に売り上げが集中しており、多くの中小小売は減少傾向にある。ネット販売も増加しつつあり、実店舗を中心とした事業を展開する小売業にとっては厳しい状態が続いている。
この状況において、業務効率化を進めることは、コスト削減にはつながるものの、新しい価値には繋がりにくい。また、売れ残りのリスクやロスが利益の圧迫になることから、他店と同じような売れ筋商品を中心に揃えると店舗間の違いがなくなり、いわゆるコモディティ化に陥ってしまう。そうなると消費者は、ますます「低価格」でしか店舗を選ばなくなり、結局は自社の利益を圧迫することになる(これを負のスパイラルと呼ぶ:図1)。
低価格での勝負になるとネット販売には勝てない。サービス面での強化は店舗を選ぶ理由のひとつにはなるものの(髙橋2018)、人手不足もあり、人材育成には時間がかかる。つまり、いまの時代、業務効率化だけでは、徐々に経営がジリ貧に陥ってしまうのである。では、どうすれば良いのだろうか。この負のスパイラルから抜け出すためには、顧客にとって価値のある新しい取り組み(イノベーション)を展開することが重要となる。次節でその取り組みの方向性を示していく。
顧客にとって価値を生み出す3つの方向性
小売業や食品スーパーが目指すべき方向性を消費者の視点で検討することが重要である。変化の激しい時代だからこそ、売り手やチャネルの視点でも、技術的な視点でもなく、購買の主体である「消費者が買い物に求める価値の視点」で考えることが重要である。では、消費者が求めている価値とは何か。
新しいお店は、消費者に受け入れられないと流行らない。例えば、「より便利に」「より楽しく」「よりスマートに」買い物ができると消費者に感じてもらい、利用してもらえれば、それが新しい買い物の価値(イノベーション)になる。
筆者はこれまでの研究で、消費者の買い物行動のパターンを分析してきたことで、新しい価値の作り方は、3つの方向性があることがわかってきた。
1つめは、買い物に出かけて帰ってくるまでの買い物の仕方(サービスの受け方)を「より早く」「より便利に」変えていく方向性である。
2つめは、消費者がこだわりを持つカテゴリー(例えば、レトルトカレーやインスタントラーメン、調味料など)の品揃えを単に広く・深くするだけでなく、「ユニークな商品」を取り扱えることで、売り場の魅力につながるように変えていく方向性である。3つめは、お店の空間づくりや雰囲気づくりを工夫し、来店すること自体により楽しさを感じてもらい、自分の店であると愛着を持ってくれる「ファン」を作り出す方向性である。
「より早く」「より便利に」を実現した「まいばすけっと」
1つめの買い物の仕方を「より早く」「より便利に」変えた事例には、関東地方を中心に積極的に多店舗展開している都心型小型スーパーの「まいばすけっと」がある …