2023年の国際広告関連アワードで大きな話題となった「AI」。広告クリエイティブへの導入も待った無しの状況だが、その際にクリエイターが持つべきマインドセットとは。 国や地域ごとの文化的価値観の違いに詳しい渡邉寧さんが解説する。
クリエイティブ領域で進むAI活用を読み解く「6次元モデル」
今年はAI(Artificial Intelligence)の活用が目覚ましい進展を見せ、特にクリエイティブ領域でのその影響が顕著です。その象徴的な事例が、今年6月にフランスで開催された「カンヌライオンズ」でも見られました。受賞作の中には、AIを制作過程やコンセプトに取り入れた作品が数多く含まれており、AIの存在感が強く示されると共に、広告業界におけるさらなる活用が予想されます。
さまざまな広告クリエイティブを見ていると、評価される表現が国・地域によって異なることがわかります。ここでは、各国・地域が持つ独特の文化的価値観が大きな役割を果たしています。
これらの文化的価値観の違いを解析するモデルとして、オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士らが開発した「6次元モデル」があります。このモデルは、①権力格差 ②集団主義・個人主義 ③女性性・男性性 ④不確実性の回避 ⑤短期・長期志向 ⑥人生の楽しみ方、という6つの次元で文化的価値観の違いを分析します。

カンヌライオンズのSDGs部門でシルバーを受賞した、オーストラリアの法律事務所Maurice Blackburnによる難民の保護を促す施策「Exhibit A-i」。オーストラリア政府は10年以上もの間、難民を非人道的に収容してきた。センター内では難民に対する残虐行為が行われてきたが、証拠が無く、残っていたのは当事者の声のみ。そこでMaurice Blackburnは難民たちに300時間に及ぶインタビューを実施し、その情報を基に当時の状況を生成AIを使って画像で再現。問題提起を行った。
文化的価値観がAIの活用の仕方を方向付ける
このモデルを通じて今年の国際広告関連アワードでAIを活用した受賞作を分析すると、以下の2つの洞察が得られます。
ひとつ目は、「AI を効果的に使うには文化的価値観の理解が必要」ということです。なぜなら、結局、広告クリエイティブの評価は文化的価値観に沿ってなされるからです。たしかに、現代の多くの新しいツールの中で、AIによる変化の範囲と深さは驚異的です。しかしながら、どのような新技術が登場しても、文化的価値観の方向性は一貫しています。そして、広告クリエイティブの評価はこの文化的価値観に基づいています。実際、入賞した作品を見ると、AIを活用しようがしまいが、特定の文化圏の価値観を鮮明に表現している作品が目立つことに気付きます。
たとえば、「Exhibit A-i」という作品は、オーストラリアにある法律事務所Maurice Blackburnが企画した、難民の保護を促進するためのものです。この作品では、証言としてしか存在しなかった難民への虐待をAIを使って視覚化し、社会変革を訴えています。
アメリカ、イギリス、オーストラリアなどは共通の文化的価値観を持っており、しばしば同じ文化圏として考えられます。ホフステード指数で見ると、これらの国は個人主義が強く、集団メンバーの間の権力の差(権力格差)が低いと評価されます(図1)。
このような文化的価値観は、古くはアメリカ独立宣言(1776年)にも見ることができます。「全ての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」という文面から、個人の平等と自由を重視する価値観(つまり、権力格差が低く、個人主義を尊重する)を明確に見て取ることができます。
現在、世界のリベラル派を中心に、基本的価値観の徹底を進める活動が進行しています。この活動の一部として、たとえば2021年11月には、独立宣言の起草者でありながら黒人奴隷を所有していたトーマス・ジェファーソンの像がオレゴン州ポートランドで引き倒されるという事態も見られました。
18世紀の独立宣言にある「全ての人間」は、当時はおそらく限られた白人を指していたと思われます。しかし現代では、...