普段何気なく眺めている地図や街並みだって、視点を変えれば、全く違ったものに見えるはず。今回の青山デザイン会議は、地理や地図といった、一見するとマニアックな分野にフォーカス。
集まってくれたのは、7歳の頃から実在しない都市の地図を描き始め、空想地図作家としてドラマやゲームの舞台の地図制作や、美術館での展示などを手がける今和泉隆行さん。アナログなイラストマップに位置情報を連動させることで、誰でも簡単にオンライン地図がつくれるプラットフォーム「Stroly(ストローリー)」代表の高橋真知さん。『国道16号線 「日本」を創った道』(新潮社)の著者で、東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院で教鞭をとる柳瀬博一さん。
メディアとしての地図の可能性や、ディープな地形談義、街の魅力の見つけ方まで。3人が共通して語っていたキーワードは“レイヤー感覚”。スマホで地図を見るのが当たり前になった現在だからこそ求められる、世界の見方を教えます。
あなたは進行方向派? 北上固定派?
柳瀬:東京工業大学でメディア論を教えています。元々は出版社で雑誌記者やビジネスモデルの開発、書籍の編集などをしていました。大学時代から恩師の岸由二先生と三浦半島・小網代の保全に関わってきて、岸先生の「流域思考」を学んだことで、地図や地形については自分なりに研究を重ねました。その集大成が、2020年に書いた『国道16号線 「日本」を創った道』(新潮社)です。
今和泉:私のメインの活動は、「地理人(ちりじん)」というあだ名で、実在しない都市の「空想地図」をつくること。展覧会に出展したり、高校の探究学習の授業を担当したり、地理や地図に関することを、それ以外の領域にアウトプットするというか、地図の知識はないけれど興味がある人への橋渡しをしたいという想いで活動を続けています。
高橋:位置情報と連動したイラストマップのオンラインプラットフォーム「Stroly」を運営しています。私のバックグラウンドは地理や地図ではなく、ITとアート。テクノロジーを使えばマップの中に飛び込んで、まさに作品の中を歩いているような体験ができると思ったのが開発のきっかけでした。
今和泉:空想地図を描き始めたのは、7歳ぐらいからでしょうか。私は複雑な事象を、文章ではなく図や表といった「面」で理解したいタイプ。知らない土地に引っ越したばかりで、地図が身近だったこともあって、みんながおままごとやヒーローごっこをするような感覚で始めたんです。
高橋:最初は手で描いていたんですよね。それから、ずっと続けているのもすごい。
今和泉:描いたり描かなかったりですけどね。高校までは、なかなか遠くに行けなかったので地図に興味が向かっていましたが、大学生になってバイトを始めたら全国いろんなところに行けるようになったので。
高橋:恋愛をするようになったら、少女漫画を読むのをやめちゃったみたいな(笑)。
柳瀬:2次元から3次元にいっちゃった。
今和泉:そうです。しかも3Dとかではなく、リアルの世界ですから。
高橋:実は私、地図を読むのが苦手で、北がわからず地図をぐるぐる回してしまう。GPSがないと動けない「進行方向派」なんです。
柳瀬:地図を見るときって、空に衛星を飛ばしている感覚で俯瞰して見る人と、ゲームの主人公のように自分が現場に立っている人がいますよね。僕はカーナビにしても、わりと固定派なんですけど。
今和泉:私も「北上固定派」ですね。これは体感ですが、高橋さんのような進行方向派が8割以上。地図の見方でいうと、柳瀬さんや私は、全体の座標がなんとなく見えている「俯瞰タイプ」。ほかにも、目印を覚える「ポイント記憶タイプ」や、シーンを覚える「映像記憶タイプ」、駅や交差点など固有名詞を覚える「文字情報タイプ」の人もいます。
柳瀬:今和泉さんは、子どもの頃からずっと俯瞰タイプだったんですか?
今和泉:はい。都会は文字や色と線が密な状態で、逆に山に行くと文字や色は少なくて、だけど道とぐにゃぐにゃした等高線が描いてある。地図が表す状況を「言語」のように見ていた気がします。俯瞰タイプからすると、地図が第一言語でネイティブなのですが、それ以外の人にとっては地図は外国語で、世界の認識の仕方が違うのが面白い。方向感覚はまた別の話で、どうも生まれ持ったもののようですが。
柳瀬:実は、大学のメディア論の授業では必ず、地図について取り上げるようにしているんです。地図って、人類がつくったメディアで一番古いもののひとつだし、スマホが登場して、今では最強のメディアコンテンツになっている。「食べログ」にしても、カーナビにしても、我々はスマホが示すマップデータの上を自動的に動いていますよね。
高橋:メディアとしてのマップの可能性は、私も深掘りしたいテーマです。
柳瀬:授業では「地図はいくつかのレイヤーでできている」という話をします。たとえば、電車の路線図や道路地図、住所を示す行政地図、その下には一番重要な初期情報である地形の地図がある。でも、この感覚って、多くの人が意識できない。
今和泉:そうなんですよね。昔は、切符を買うときに路線図を見ていましたが、最近はスマホの経路検索を使うから、路線すら把握してない人が結構増えていますし。
柳瀬:何でもインストールされているから、地図音痴になっている。
今和泉:線としての路線図は見ているけど、面としての路線「網」に関しては弱い。
柳瀬:場合によっては「鉄道」の線ですらなくて、乗り換えのポイントとしての「駅」しか見ていないかもしれません。ましてや自分が今立っている場所の地形なんて、当然全く頭に入っていない。
高橋:そういう意味では、私たちが扱っているイラストマップって、いわゆる地図のもう1枚上の、人が見ている世界。いわば“私が推したいんですレイヤー”なんですよ。
柳瀬:東工大のキャンパスのど真ん中には呑川という二級河川が流れています。2018年の大豪雨では、この呑川流域が床上浸水に見舞われました。ただし呑川や支流の九品仏川は暗渠になっているので、人々は川の存在を意識しないまま水害に遭った。実際、東工大生の85%がこの川の存在を知らない。生き物がサバイバルするうえで不可欠な地形についての感覚がどっかにいっちゃってるんですね。地形的に見て危険なところに住んだり、豪雨時にたくさんの犠牲が出たりする理由のひとつに、現代人が地形について意識することが少なくなっている、という側面があると思います。
TAKAYUKI IMAIZUMI'S WORKS
同じ場所でも見え方が変わるのが面白い
高橋:私たちの会社は京都にあって、古地図に現在の和菓子屋を重ねたマップをつくったことがあります。プロットされたお店を見ると、お寺の周りであることが多い。たとえば、亀屋陸奥という老舗は元々、近くにある西本願寺向けのお菓子をつくっていた、なんてことがわかって。
柳瀬:ドイツの生物学者、ヤーコプ・フォン・ユクスキュルによれば、全ての生き物は自分の感覚器で捉えられる世界だけを見て、聴いて、感じており、それを彼は「環世界」と名付けています。たとえば、血吸いのダニは哺乳類が放出する酢酸と熱だけを検知した世界に生きているし、人間の数万倍の嗅覚がある犬は、同じ場所に人間といても、人間には全く感覚的に捉えられない、においが映像のようにはっきり見える世界に暮らしている。
今和泉:なるほど。
柳瀬:人間は、個々が生き物として共通の環世界に暮らしているだけではなく、個々の大脳皮質が学習や経験で後天的に獲得した、それぞれ別々の環世界に暮らしています。街を歩いても、服が好きな人はファッションやショーウィンドウを見ているし、スイーツが好きな人はお菓子屋さんをチェックしている、植物に詳しい人はみんなが見過ごしちゃう道端の雑草を種まで判別できたりします。同じ場所にいながら、ちょっとずつ別の環世界に...