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青山デザイン会議

コンセプト型ホテルのつくり方

扇沢友樹、中村匠郎、御子柴雅慶

訪日外国人観光客の入国制限撤廃や、全国旅行支援のスタートで、再び盛り上がりを見せているホテル・観光業界。本誌でもこれまで、さまざまな宿泊施設やエンターテインメント施設を取り上げてきましたが、今回の青山デザイン会議では、近年増えつつあるコンセプト型のホテルに注目しました。

集まってくれたのは、京都で若手現代アーティストが暮らすコミュニティ型アートホテル&ホステル「KAGANHOTEL(河岸ホテル)」をプロデュースする扇沢友樹さん。

岐阜・飛騨高山で地元の木材など地域資源を活かした小さな宿泊施設「cup of tea:guesthouse」「cup of tea:ensemble」を運営する中村匠郎さん。

そして、東京・神保町にある「MANGA ART HOTEL,TOKYO」をはじめ、コンセプトホテルの企画・運営を手がける御子柴雅慶さん。インバウンドバブルやコロナによる影響、コミュニティや体験価値のつくり方から、ホテルを通じたまちづくりまで。場所もコンセプトも経営スタイルも三者三様のホテル論をお届けします。

なぜコンセプト型ホテルが増えているのか

扇沢:僕は京都で、卸売市場の廃倉庫をリノベーションした「KAGANHOTEL」を運営しています。若手の現代アーティストのためのシェアハウスと、ギャラリーやアトリエ、一般のゲストがアート作品を楽しみつつ泊まれるホテルが一体になった施設です。

御子柴:コンセプトホテルの企画運営を行うdotという会社で、共同代表をしています。2014年に独立した頃、たまたまAirbnbがブームで、最初はドミトリーをやっていたのですが、自分たちのブランドのホテルを持ちたいと感じて。2019年2月に5000冊以上の漫画が楽しめる「MANGA ART HOTEL,TOKYO」をオープンしました。

中村:岐阜県高山市で、「cup of tea:guesthouse」というゲストハウス、それから地元の家具メーカー、飛騨産業さんとコラボレーションした「cup of tea:ensemble」というホテルを運営しています。僕自身は銭湯の4代目で、地元にUターンして、2つの宿と銭湯、計3つの事業を手がけています。

御子柴:今のホテル業界って、どうしてもOTA(Online Travel Agent)が生殺与奪の権を握っていて、それに振り回されてしまう。だからこそ、指名買いをされるようなホテルをつくらないといけない。それがコンセプトホテルに行き着いた理由でした。

扇沢:OTAができる前と後では、全く変わりましたよね。OTAができた瞬間、路地裏の辺鄙な場所にも集客できるようになった。ここ5年くらいは、デベロッパーもコンセプトがなかったら人は来ないし、意味を持って泊まりに来てもらうことが必要だ、という意識に変わってきたと感じます。

中村:インバウンドバブルによって、東京や京都はもちろん、飛騨高山でもホテルの建設ラッシュが起こっていますから、いかにして差別化するかが求められていますよね。また旅行者側の視点としても、ただ寝るだけの場所ではなく、より自分の趣味嗜好に合った宿を能動的に選ぶ傾向が強くなってきていると感じます。

扇沢:サービス重視のホテルから民泊まで、今はグラデーションがたくさんある。それを楽しめるようになったのは、Airbnbの影響も大きいですよね。

御子柴:僕もAirbnbが大好きで世界50カ国を旅してきましたが、中でもホスト同居型の宿が楽しい。食事をつくってくれたり、子どもと遊んでくれたり、体験価値という意味でもすごく影響を受けています。

中村:ゲストとホストの双方向で評価ができるので、お互いに宿泊体験の価値を高め合える関係づくりができるようになったのも大きいと思います。

扇沢:KAGANHOTELは、2019年11月オープンで、3カ月でコロナになってしまって、ここ3年くらいはずっと試合が始まる前の円陣を組んでいるみたいな状態で……。

中村:うちは2018年の2月に1号店をオープンして、最初の2年はインバウンドバブルに乗れて本当に天国でした。勢いづいて2020年2月に2号店を着工したのですが、売上が数万円という月もあって、本当に苦しくて。緊急事態宣言が出たり、GoToトラベルが始まったり、浮き沈みも激しかったので、「もう一喜一憂しないでおこう」と考えるようになりました。

御子柴:MANGA ART HOTELは、オープンして1年間はすごくよかったのですが、コロナになって、売上95%減というとんでもない事態に。GoToトラベルも都市型ホテルは全く恩恵がなくて、今年の3月ぐらいからようやく稼働率が戻り始めている状態ですね。

扇沢:一方で、数は多くはないけれど、コンセプトを深く理解してくださるお客さんが来てくれたので、つくり込みがたくさんできたというメリットもありました。アーティストにしても一般のお客さんにしても、彼らと丁寧に向き合えた気がします。

中村:うちは逆で、自分たちのメンタルを保つので精一杯。インバウンドが解禁されて、全国旅行支援で内需も回復するこれから、少しずつ顧客満足度を意識した運営に切り替えられたらと思っています。

    TOMOKI OHGISAWA’S WORKS

    KAGANHOTEL
    Photo:Tatsuki Katayama, Misa Shinshi

    京都市中央卸売市場の元野菜倉庫・社員寮をリノベーションして、2019年にオープンした滞在型の複合施設。10名の現代アートの若手芸術家が住みながら制作できるアトリエ付き住居に、ギャラリーやアトリエ、イベントスペース、撮影スタジオのほか、一般の宿泊客が利用できるホステルと体験型アートホテルを併設。3カ月分の家賃で2年間平日利用ができる「レジテンスLite」もスタート。

コミュニティや体験価値をつくるには?

扇沢:僕は「不動産脚本家」という肩書で活動しているのですが、敷地や建物って、そこでしかできないことを読み解いていくと、その場を必要としている人が集まって、自然とコミュニティになっていく。KAGANHOTELの場合は、中心地なのに加工音や大きいものの輸送に寛容な卸売市場エリアで、さらに天井高がある倉庫付きの社員寮だったんですよ。だったら若手現代アート作家向けの場所をつくったらいいんじゃないかというのがスタートでした。

中村:無理やりソフトを突っ込むわけじゃないんですね。

扇沢:はい。そこから、作家が住んで制作をしていたら、もしかしたらアート好きの人が来てくれるかもしれないということで、ホテルのフロアをつくりました。敷地・環境・エリアの関係性を読み解いて、脚本を書いて、それぞれのキャッシュポイントを見つけて事業化していく、というのが僕たちのスタイルですね。

御子柴:僕らの場合は、漫画とか本というコミュニティをめちゃくちゃ意識しています。まず考えたのは、周辺の出版社をいかに仲間に引き入れるか。神保町って小学館や集英社のお膝元で、漫画を無料で読ませると敵になってしまうので、ホテルを書店登録して本を仕入れて、立ち読みというか、寝読みできるという形にしました。それなら街のエコシステムを崩さないですよね、という話をあらゆるところで言いまくっていたら、実際に出版社の人が来てくれて、いいよねとなって。

中村:さすがですね。

御子柴:最初にMANGA ART HOTELをつくって、「マンガアートシティ神保町構想」という街全体が目的地型ホテルになる話をしたんです。それが、小学館と提携した「BOOK HOTEL 神保町」、さらに集英社のアクセラレータープログラムに採択された「MANGA ART ROOM, JIMBOCHO」へとつながっていきました。

中村:僕はコロナで無理やり立ち止まることになって、単純に売上が上がればいいとか、インバウンドや観光一辺倒ではいけないと、徐々に考えが変わっていきました。というのも、観光が盛り上がれば盛り上がるほど地元の不動産が地域外資本に買われて、ホテルの客室数が向こう3年間で3割も増えるんです。

扇沢:そんなに増えるんですか!?

中村:なのに意外と地元にお金は落ちないという、負の側面に気付かされて。今後、飛騨高山がどうやって生き残っていくかを考えたときに、「木のまち」としてのまちづくりを進める必要性を感じて、そのきっかけになる宿をつくろう、という考えを深めていきました。

御子柴:それも差別化ですよね。僕たちも漫画や本が好きな“ガチ勢”だけを集めたいので、予約が入ると、1万字ぐらいある長文のnoteの記事を送って読んでもらうんです。ブックマッチングという選書サービスもあって、さらに大量の質問が続くんですけど(笑)。そういう一部の人だけに刺さるサービスで差別化したいし、それをやっていること自体が愛情の証明にもなる。

中村:cup of tea:ensembleで...

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