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青山デザイン会議

こだわりを届け続ける小さな出版社だからできること

島田潤一郎、中岡祐介、ミネシンゴ・三根かよこ

出版不況が叫ばれ続けるなか、ここ数年、少人数で出版活動を行う、いわゆる「ひとり出版社」が次々と誕生しています。

集まってくれたのは、まだ「ひとり出版社」という言葉もなかった2009年に夏葉社を立ち上げ、名作文学の復刊をはじめ、エッセイ、詩集など、「何度も、読み返される本を。」を合言葉に刊行を続ける島田潤一郎さん。インドの小さな出版社、タラブックスの絵本をはじめ、エッセイ、アートブック、詩集など「おそくて、よい本」をコンセプトに出版を行う、三輪舎の中岡祐介さん。神奈川県の最南端・三崎で、文芸誌『髪とアタシ』『たたみかた』などの出版を中心に、蔵書室「本と屯」や「花暮美容室」の運営も手がける、アタシ社のミネシンゴさんと三根かよこさん。

こだわりが詰まった一冊を丁寧につくり、読者に届ける。ベストセラーを狙った従来の出版とは異なるムーブメントは今、なぜ広がっているのか。そして、小さな出版社だからこそできる、新たなクリエイティブとは?

Text:rewrite_W Photo:amana photography Kazuki Sakamoto 撮影協力:山陽堂書店(東京都港区北青山)

やりたいことも目的も違うから面白い

中岡:三輪舎は、2014年にできた出版社で、年間だいたい2~3冊の本をつくっています。当初は、自分の生活に関係することをテーマにしていましたが、だんだん表現したいことが変わってきて、いろいろな人との出会いの中から本が生まれているな、というのがこの3~4年くらい。

島田:2009年に夏葉社を始めて、もう12年目になります。僕は編集の経験がなくて、本当に勢いで始めた感じ(笑)。中岡さんと同じように、知り合った人の縁に支えられて、年に3~4冊くらい。今年から週1回アルバイトを雇っていますが、それまでは全部ひとりでやっていました。

シンゴ:お二人とはブックフェアでよくお会いしますよね。僕が出版に関わるきっかけは、前職時代に、クラウドファンディングで美容文藝誌『髪とアタシ』をつくったこと。アタシ社を始める前には、島田さんが書いた『あしたから出版社』(晶文社)を読んで感動して、会いに行ったんです。

島田:そうそう、覚えています。

シンゴ:そうしたら「もう本をつくっているんだし、美容という特化したマーケットがあるんだから、やればいいよ」とアドバイスをくれて。自分のつくりたい本をつくって、頑張って本屋さんに置いてもらうイメージができて、2015年にアタシ社をスタートしました。

かよこ:私も当時、働きながら夜間の専門学校に通ってデザインの勉強をしていて。卒業後フリーランスになって請け仕事をしていくより、自分たちが版元になったり、メディアを立ち上げたりしたほうがいい、という結論に至ったんです。

シンゴ:とにかく、夫婦で会社をやることに夢があったんですよね。3年ほど前に神奈川県の逗子から三崎に移って、今は出版社のほかに「本と屯(ほんとたむろ)」という蔵書室や、「花暮美容室」といった場を運営しています。いずれにしてもうちは、お二人のように本をつくって食べていくやり方とは、少し違っていて。

島田:それぞれやりたいことも目的も違う、だからこそ、ひとり出版社は面白い。そもそも「ひとり出版社」という言葉ができたのは、10年ほど前、朝日新聞で取り上げられてからだったかな。最近は書店営業に行っても、知らない出版社がこんなにたくさんあるんだ、と驚きます。

中岡:流通を見ていても、月に1~2社は増えているんじゃないかっていうくらい。最近はなぜか、僕のところに「出版社をやりたい」という相談がよくくるのですが、大手出版社にいるけれど「つくりたい本がつくれないから」という人が多いですね。

島田:少し前はよくそういう話がきたけれど、最近は1年にひとりくらいかなあ。

中岡:島田さんは高嶺の花だから(笑)。

シンゴ:うちも大学生などからの相談は、すごく多いですね。

かよこ:カップルで来て、「私たちも二人で起業したいんだよね♡」みたいな。

中岡:そういう需要があるんですね(笑)

    JUNICHIRO SHIMADA'S WORKS

    『レンブラントの帽子』バーナード・マラマッド 訳:小島信夫、浜本武雄、井上謙治 装丁:和田誠
    表題作はアメリカ文学史に残る傑作。1975年に刊行された同名の短編集から3編をセレクトし復刊した。

    『90年代のこと 僕の修業時代』堀部篤史 装丁:櫻井久
    ヒップホップ、レンタルビデオ、タウン情報誌……。京都の書店「誠光社」店主が自身の半生を振り返る。

    『ブックオフ大学ぶらぶら学部』装丁:横須賀拓
    武田砂鉄をはじめ8名の著者が、“日本全国の本のある場所”ブックオフの魅力や思い出を綴る。岬書店版は即完売、新装版として刊行された。

    『すべての雑貨』三品輝起 装丁:櫻井久
    西荻窪の雑貨店「FALL」の店主が、さまざまな事象を引用しながら雑貨の来し方・行く末を考える。

    『さよならのあとで』詩:ヘンリー・スコット・ホランド 絵:高橋和枝 装丁:櫻井久
    100年前に書かれた一編の詩に、絵本作家が18枚のイラストを添えた、死別の悲しみを癒やす一冊。

    『美しい街』尾形亀之助 絵:松本竣介 装丁:櫻井久
    いつまで経っても古びない、たった1行や2行の詩。1900年代前半に活躍した孤高の詩人、尾形亀之助の全詩作から55編を精選した。

小さな出版社と小さな書店の生態系

島田:この10年で出版というもの自体が変わった気がします。マスに向けて何百万部を目指すのではなく、もっと小さい付き合いの中で地道にやっていくというか。

かよこ:出版をするとき、私たちはいつも5000部から1万部を目指そうね、という話をしています。もっと少ない場合もありますが、狙っているのはそのくらいの部数。

シンゴ:「ミドルメディア」というか。

島田:夏葉社では初版は2500部と決めていて、年間3~4冊本が出せれば、なんとか食べていけるというイメージですね。

中岡:うちも同じで、2000~3000部。もちろんどれだけ売れるかも重要ですが、一方で、どれくらいの期間で売るかという考え方もあるじゃないですか。1年で売り切らないといけないのか、5年なのか10年なのか。長く見積もることができればできるほど、余裕のある出版ができる。

島田:もし100年かけていいなら、ほとんどの本はいけますよね(笑)。それを何カ月で売り切らないとなんて考えるから、変なことをしなくちゃいけなくなる。

中岡:本って腐るわけじゃないし、長く売れる商品があるというのはメリットでもありますよね。僕、前に島田さんの事務所に行ったとき、在庫がたくさん置いてあったのがすごくうれしくて。

島田:大きい出版社だと、企画を立てる段階で「何部売れるの?」なんて聞かれて、それを証明しなくちゃいけない。そもそも我々には、つくりたいものが最初にあるわけだから。極端な話、2人以上になったらもう企画は通りにくいと思います。

かよこ:最近は企画書に、著者のSNSのフォロワー数を書くなんて話もありますね。

島田:SNSがあるから、腕一本で勝負できる作家は出やすくなりましたよね。出版社も同じで、SNSがあるからこそ、ひとりでやっているメリットが生かせる。

シンゴ:今は、流通のインフラも整ってきましたよね。僕らが始めた6年前は、取次を通さず、出版社と書店が直接やりとりをするしか手がなかった。

かよこ:ひとり出版社が増えるにつれて制度も整えられたし、本を出したいなら自分で出版社をつくっちゃえばいい、みたいな発想が根付いてきたんでしょうね。

島田:そういう状況はウエルカムですよね。他の出版社をライバルだと思っているとしんどいし、書店にとってもたくさんの種類の本があるほうがいいわけですから。実際、2000~3000部なら、大きな書店に並ばなくても売り切ることができますし。

中岡:というより、むしろ小さな書店のほうが、僕らのような出版社の本をたくさん売ってくれていますよね。

島田:そうそう。他のチェーン店に置いたら月1冊売れるかどうか、でも小さな書店の中には100冊以上売ってくれるところもある。そのくらい極端に違う。

かよこ:そもそも少部数だから、全国にくまなく届けるのは難しいですし。小さな書店と小さな出版社がつながって、ひとつの生態系がつくられている気がします。

島田:ちなみに、大阪のある書店には、『鬼滅の刃』の最終巻が5000冊も入荷したそうです。そんなベストセラーが出るなんて何十年に1回のことなのに、全部売れたとしても、書店の利益は50万円……。

かよこ:今はAmazonもあるし、電子書籍の比率も上がってきています。出版不況・書店不況は間違いないので、「ここで買いたい」というブランディングに成功しない限り、書店は厳しいですよね。

シンゴ:青山ブックセンターさんが出版を始めたように、これからは売り場を持っている書店が版元化していくでしょうね。

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