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青山デザイン会議

誰かの行動を変えていく「選書」こそクリエイティブな仕事

有地和毅、岩田 徹、花田菜々子

書店の数が全盛期の半分以下に減ってしまったともいわれる中、カフェを併設したり、イベントを行ったり、ここ数年、こだわりあふれる小さな本屋さんが増えています。今回の青山デザイン会議は、そうした書店に欠かせない「選書」が持つ力に注目しました。集まってくれたのは、2018年12月、東京・六本木にオープンした「文喫 六本木」をはじめ、本のある場づくりから企業内のコミュニケーションまで、本と人との新しい関係をデザインしている、ひらくの有地和毅さん。北海道砂川市で「いわた書店」を営み、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』などメディアでも取り上げられ大きな話題を集めた「一万円選書」を手がける岩田徹さん。さまざまな書店を渡り歩き、2022年9月には東京・高円寺に「蟹ブックス」をオープン、著書『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』でも知られる花田菜々子さん。タイパ重視の時代だからこそ支持される!?奥深き選書の世界へご案内します。

選書は、コミュニケーションのきっかけ

岩田:北海道の砂川市というところで、いわた書店という小さな本屋を経営しています。2007年に「一万円選書」というサービスを始めたところ、テレビなどで取り上げられて話題になって、今では年間3000人以上も応募が集まるようになりました。

有地:元々、勤務していた書店が取次である日販のグループ会社になったのをきっかけに異動して、六本木にある本と出会うための本屋「文喫」の立ち上げに関わりました。現在は「ひらく」という会社で、本のある新しい場づくりを行っています。

花田:私も長く書店員をしていましたが、2022年、東京・高円寺に「蟹ブックス」という書店をオープンしました。2018年に『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』という本を出したのをきっかけに、選書について話す機会も増えて。岩田さんには、近著の『モヤ対談』にご登場いただいています、ありがとうございました。

岩田:どうもどうも。うちのような田舎の零細書店は、並べたいと思った本が注文しても入ってこないという現実があるんです。人口も減っているし、本屋の仲間がバタバタ討ち死にしているのが現状なんですね。

有地:利便性でいえば、Amazonなどのネット書店が圧倒的。その一方で今は、独立系といわれる小さな書店や、ZINE のカルチャーも盛り上がっていますよね。

花田:私のような都会の独立系書店から見える景色は、チェーン系の大型書店や地方の書店とは、全く異なっていると感じます。たとえば、村上春樹の新刊や『窓ぎわのトットちゃん』の新作は、必ずしも入荷しなくても大丈夫というか。

有地:最近すごく感じるのは、価値観が多様化して、より個人にフィットする本にどうやって出会うかが求められているということ。岩田さんの一万円選書も、人の手を介して、あえて寄り道する形で、新たな本との出会いを提案していますよね。

花田:文学フリマも盛り上がっているし、ZINEをつくる人も増えている。皆が書きたいし伝えたい、テレビからYouTubeに移るのと同じような変化が起きています。

岩田:「ベストセラーはいらない」というのは全く同じで、よその店でも売っているような本は、うちではあんまり売る気はないんですね。むしろ、話題になっていなくても「これはいい本だな」と思ったらなるべくたくさん売ってあげて、重版に結び付けるのが新刊書店の役割だとは思っていますけど。

有地:文喫でも選書サービスをやっていますが、どんな本が選ばれたかというアウトプットはもちろん、選ぶ前のコミュニケーションもすごく大事だと感じていて。

岩田:一万円選書にはカルテがあって、初めに「これまでの人生で印象に残った本を20冊教えてください」という質問があるんです。次が「これまでの人生で苦しかったこと、嫌だったこと、楽しかったことは何ですか?」。それらをもとに、田舎の本屋のおやじが10冊ぐらいの本を選んであげる。タイムパフォーマンスなんていわれる時代に、もっと長い時間軸で人生を振り返ってもらう作業をしているなと。

有地:僕たちもヒアリングをするのですが、聞いているうちに「こういうことをしたいんだろうな」とか「こういう方に行きたいんだろうな」というのが、おぼろげに見えてくる。カウンセリングみたいですね。

岩田:「♪俺の話を聞け~」なんて歌がありましたけども、お客さんは聞いてもらいたい、自分のことをわかってもらいたいと思って、モヤモヤしているんですよ。

花田:それは感じますね。私はお店での対面がメインで、「どういう本を読みたいんですか?」という質問をきっかけに話を聞くのですが、選書って、コミュニケーションのきっかけに過ぎないというか……。

有地:わかります。選書という目的があることで、喋ってもいいんだという空間がふっと出現する。それがめちゃくちゃ面白いなと、いつも思っていて。

花田:たまたま入った喫茶店で、店員さんに「最近こんな悲しいことがあって」なんて話をするのはハードルが高いじゃないですか。でも、それができるのが選書の面白いところ。こちらも選書という道具がなければ、「頑張って」ぐらいしか言うことはできないですし。そういう意味では、お互いに生きている感じを得られるのが素敵だなと。

岩田:一万円選書の場合、10冊ぐらい選べるので多少外れても大丈夫。ど真ん中と思って放り込んだものが嫌われたり、そうでないものが響いたり。10人の賢者が読者の横に立って、ゆっくり語りかけてくれるような効果があることに気付いたんです。

言葉では伝えにくい想いを本に託す

岩田:僕は選書を「面白い本の教え合いっこ」と言っているんです。先代の父が、近所の悪ガキに「こんなの読んでみたら」なんてやっていたのと同じ。だいたい毎日200冊の新刊が出る時代に、常にベストの一冊を提示するなんてできないんだから、僕が読んで面白かった本から、これを紹介するよっていう話でいいんじゃないですかね。

花田:家族とか友人とか恋人だと、近すぎて苦しさを吐露できないケースは多々ありますが、本なら「きれいごと言ってるけど、そんなの無理でしょ」なんて心で反論したり、本と会話したりしながら読める。そうしているうちに、考えがクリアになって。

有地:僕は対個人だけでなく、企業や施設のライブラリの選書をすることも多いんです。企業文化やその場所の世界観って、なかなか言葉では伝えづらいので、大切にしている想いやメッセージを本に託す。

花田:読書会も似ていて、何もない状態だと「自分はこういう人間です」って話をするのは難しいですが、本を通すと、主人公に共感したとか、この行動は理解ができないとか、自分の生き方や考え方を話せる。

岩田:だって、本の中には自分とは別の人生があるし、たった1行でも心に響いてくるものがあればいいわけですから。

有地:僕が選書をする場合、本の話をすることって実はそんなになくて、映画とか音楽とか、食べ物とか、その人が触れてきたカルチャーについて聞くことが多いんです。

花田:普段どれぐらい本を読んでいる人なのか、小説とノンフィクションならどちらが読みやすいのか、そういうことも考えながら総合的に判断するようにしています。

有地:ビジネスパーソンだからといってビジネス書だけを読むわけじゃないし、ギャグ漫画も読めば、おしゃれな本も読む。いろんな趣味や興味が、ひとりの中に同居しているものだと思うので。

岩田:吉田修一の『横道世之介』シリーズが好きで、よくおすすめするのですが、10冊の中には小説だけじゃなく、『はやくはやくっていわないで』(益田ミリ、平澤一平)のような絵本も入れるようにしていますね。

花田:私も同じで、複数選ぶときにはジャンルが偏りすぎないようにとか、全体のバランスを見て、重くなりすぎないように、みたいなことは意識します。

有地:始まりがあって、盛り上がりがあって、ちょっと静めて、最後また盛り上げる。DJっぽいかもしれないですね(笑)。文喫では、選んだ理由をしおりに書いているのですが、それをどのページに挟むかとか、届いて読み始めるまでのプロセスもデザインできたら面白いだろうなと。

花田:岩田さんも、お手紙を付けていらっしゃいますよね?

岩田:非常に大事ですね。一万円選書では...

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