音楽配信サービスが右肩上がりの成長を続ける一方、アメリカでは今年上半期、1980年代以降で初めてレコードの売上がCDを上回りました。日本でも、レコードのみならず、フィルムカメラや紙の手帳が人気を集めるなど、アナログなものへの回帰が進んでいます。
今回、久しぶりにリアルでの開催となった青山デザイン会議に集まってくれたのは、女性モデルを被写体としたフィルム写真のポートレートシリーズ「乙女グラフィー」を手がけるフォトグラファーの山本春花さん。タワーレコードでバイヤーを務めたのち、下北沢のライブスペース mona recordsを立ち上げ、現在はIT企業 SKIYAKIでファンクラブ事業に携わる行達也さん。そして、『きのこ文学名作選』や『嫌われる勇気』をはじめ、紙や加工、造本にこだわった数々の書籍を手がけるブックデザイナーの吉岡秀典さん。デジタル全盛時代だからこそ見直されるアナログの価値とこれからについてお話をうかがいました。
パーソナルとマーケットの帳尻を合わせる
行:僕のキャリアのスタートは、タワーレコードのバイヤーでした。90年代ってCDが一番売れていた時代で、展開しなくても勝手に売れていく。そのうち「自分がここにいる必要はないな」と感じて、2004年に下北沢にmona recordsというライブスペースをオープンしたんです。
山本:よく観に行ってました!
行:店ではライブスペースのほかにCDショップやカフェ、レーベルもやっていたのですが、とあるアーティストのCDがけっこう売れたんです。これは面白いかもと感じて、2015年にタワーに戻ってレーベルに所属して、今はファンクラブ事業を手がけるSKIYAKIにお世話になっています。
吉岡:なぜファンクラブ事業を?
行:CDが売れない時代に、できるだけミニマムな形でアーティスト活動を成り立たせるにはどうしたらいいかって考えたとき、ファンクラブはキーになるなと思って。ファンクラブって昔はメジャーな人たちが持つものでしたが、今は全然そうじゃない。仮にファンが30人いたら、月額500円でもスタジオ代の足しになりますから。
山本:なるほど。
行:これで食っていくんじゃなくて、マネタイズのひとつの手段。無料のホームページからスタートできる敷居の低さが……って、いきなり宣伝してますけど(笑)。
吉岡:僕は元々、広告デザインに携わっていたのですが、広告って、商品そのものじゃなくて告知物じゃないですか。そこに面白みを感じられなくなって。昔からなりたかった漫画家を目指して実家に帰ったものの、絵を描いていたら、幻聴が聞こえるようになってしまった(笑)。そんなとき図書館で平野甲賀さんが装丁した本に出会って、ブックデザインの道を志しました。
行:この楳図かずおさんの本(P059参照)、すごいですね。
吉岡:自分がつくる本はなるべく、物質感のあるものにしたいと考えています。これは本というより、スプラッター映画のビデオパッケージのイメージ。残酷な描写を封印するという意味合いも重ねて、カバーに包まれたつくりにしました。師匠の祖父江慎さんが、本はこういうものじゃなきゃいけないっていうのが全然ない人で、自分も自然と固定観念は持たないようにしています。
山本:私は、誰かに弟子入りしたことがないんです。そもそも普通に大学を出て、旅行会社に就職したのですが、体を壊してしまって……。写真の技術的なことは、会社を辞めたあと、フリーランスの編集者の方と一緒に本をつくるなかで学んで、すぐ現場に出てしまったので。
行:へえ、それはすごい。
山本:写真と出会ったのは学生時代、好きなミュージシャンが使っていたのがナチュラクラシカというフィルムカメラで。「この描写、すごく好きだな」と感じて、その真似から入りました。
吉岡:今もフィルムで撮っているんですか?
山本:最近はフィルムの仕事が増えています。いきなりフリーランスになってしまったので、何かアピールできる作品を、と思って始めたのが、同世代のモデルさんをフィルムで撮影する「乙女グラフィー」というシリーズ。2015年にブログでスタートしたところ、トントンと軌道に乗って、写真集を出させていただいて。
行:失礼かもしれないけれど、山本さんも登場しているモデルさんも、別に有名だったわけじゃない。それが評価されるっていうのは理想的ですよね、作品や被写体に力があるということだから。
山本:ありがたいです。
行:僕は音楽業界に入ったとき、ニッチなものをどう広げていくかってことに喜びを感じていたのですが、それってなかなか大変なこと。ちょっとだけ尖ったところと、圧倒的な大衆性が必要っていうのは、わかってはいるんですけど……。
吉岡:どこかしら普通じゃない、「あれ?」っていう引っかかりは必要ですよね。本のデザインも同じで、たくさんある中から、まず手に取ってもらうというハードルがあるので。僕自身、本を読むのが得意ではないので、どれだけすんなり入っていけるかを考えるのが面白いところです。
行:固定観念を覆すというのは、意識的にやっているんですか?
吉岡:本って一冊一冊内容が違うので、それぞれにとっての「普通」があるはず。そもそもみんなが同じ「普通」の概念を持っているというのが幻想だと思っていて。いわゆる「一般的」の枠にはめることだけはしたくないので、1個1個の「普通」を追求した結果、特殊なものになっていくという感じです。
行:装丁をするとき、本の内容は読む?
吉岡:はい。読んでいると、その本の「普通」が見えてくるので、それがわかるともう、自然と形が生まれ始めます。自分の役割は、読者が本にたどり着くきっかけをつくること。ただ作品の「なりたい形」というのもあるので、作品に耳を傾け、作家の意向も感じ取り、読者の入口もつくる。そのさじ加減はいつもスリリングですね。
行:作家が持っているパーソナルなものと、マーケットの帳尻をどこで合わせるか。音楽とも通じるものがありますね。
HARUKA YAMAMOTO'S WORKS
なぜ今、アナログが再評価されるのか
行:アナログが見直されているのは、懐古主義的なものだけではないと思うんです。例えば、音楽の世界でいうと、レコーディングで使うマイクで一番高価なのって、古いものなんですよ。アンプでも「真空管のサウンドを再現!」なんていうように、過去の名機が起点になっているのは、ファッションじゃなくて機能的に優れているから。
山本:写真や映像の世界でも、フィルムはたくさんの情報を持っているといわれます。昔の映像が粗く見えるのは、スキャンや画像編集の能力が追いついていなかったから。古い映画のリマスター版が登場しているように、今は高解像度で観られるので。
行:そうそう、元のデータ自体は、実はすごくハイクオリティ。僕の大好きなNHKの『よみがえる新日本紀行』もそうで、ちゃんとクリーニングをしたら、こんなにきれいなんだと感動します。
吉岡:そういうことなんですね。
行:本質的な部分での再評価がある一方で、ファッション的な側面もありますよね。例えば、90年代に渋谷系が流行ったときにレコードが盛り上がったのは、もちろんDJユースっていうのも大きかったけれど、何より渋谷系が好きな子たちにとってアナログが新鮮だったからでしょう。
山本:写真の場合は、ファッション的な部分はすごく大きいです。例えば「写ルンです」なんて、プラスチックレンズだし、オートフォーカスもないし、暗いところでは撮れないし。クオリティは明らかに低いけれど、フィルムっぽさが出るからエモく写る...