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青山デザイン会議

言葉の壁を越えて届く伝わるコミュニケーション

阿部広太郎氏/志村真介氏/下河原忠道氏

私たちは、毎日の生活の中で当たり前のように歩いたり、食べたり、人と言葉を交わし、メールやSNSで言葉を送りあっています。そして私たちは何かのきっかけで、こうした「当たり前のことができなくなる」ということを普段あまり考えていません。思いもよらぬ病気や事故、高齢による体の変化などにより、どんな人にも「当たり前のことができなくなる」可能性は十分にありうるにもかかわらず、です。

高齢化社会に向かう日本においては、誰もが今後こうした可能性を意識し、こうした社会を生き抜いていく力を身につけていくこと。そして、誰もが無理なく暮らすことができ、コミュニケーションできる環境を整えていくことが重要になるのではないかと考えます。また、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックに向けても、言葉や障害の壁をこえて、コミュニケーションを図れる意識を醸成していくことが求められます。

そこで今回のデザイン会議では、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」を日本で開設し、20年続けている志村真介さん、「世の中に一体感をつくる」という信念を持ち、コピーを書き、企画をつくる阿部広太郎さん、そして高齢者施設を運営しながら、「認知症でも大丈夫」という社会をめざす下河原忠道さんの3人に、これからのコミュニケーションについて話し合ってもらいました。

Photo:parade/amanagroup for BRAIN

体験から生まれる共感

志村:ドイツの哲学者が発明したソーシャルエンターテインメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」を1999年から日本で始めました。これは暗闇の中にグループで入り、さまざまな体験をするというイベントで、視覚障がい者がアテンド(案内役)を務めます。ダークに続いて、聴覚障がい者がアテンドを務め、参加者がヘッドセットで音を遮断して対話をする「ダイアログ・イン・サイレンス」、さらに70歳以上の高齢者がアテンドを務め、世代を超えて対話をする「ダイアログ・ウィズ・タイム」をイベントとして実施しました。

世界44カ国で展開されているのですが、例えばイスラエルでは、この3つの企画が一つのミュージアムになって常設されています。子どもから大人までが「見えない」「聞こえない」「老いる」ということをエンターテイメントとして体験し、それぞれのあり方をポジティブに受け止めています。

下河原:ダイアログのイベントに参加した人は終了後、どのような反応を見せますか?

志村:まず、普段当たり前と思っていたことが当たり前ではなかったことに気づきます。そして、自分がこれまで接することがなかった人たちとの出会いに感動を覚え、相手のことや文化を知りたいという思いが出てくるんです。例えば「サイレンス」では体験中、話すことを禁じられ、表情と身振りでコミュニケーションします。それを体験すると、それまでは「口でしか話せない」と思っていた人が「手もこれだけ饒舌に話せる」ことを知り、驚きます。そうすると手話の勉強をしてみようなど、その後の行動が変わってくるんです。

阿部:それでやるしかなくなると、伝え方や表現に創意工夫が出てくるのでしょうね。

下河原:僕は高齢者向け住宅・施設の企画から運営までを手がける中で、ダイアログと同様、ネガティブにとらえられている認知症に対する意識を変えたいと思うようになりました。近年、認知症は社会課題の一つに捉えられ、その情報は座学の講座やメディアでも伝えられていますが、多くの人は認知症のことを知れば知るほど「自分はそうなりたくない」という思いでいっぱいになります。そういう考え方を払拭してもらいたいと思い、始めたのがVR認知症プロジェクトです。

これは座学と違い、認知症のある人の視点に立った一人称体験ができるもので、実際にどういう風に見えているのか、どんな風に感じているのかを忠実に再現しています。それを体験した後、ダイアログと同じように、参加者に共感や理解が生まれる。こうした体験を通して、「認知症になったらおしまい」というネガティブな空気を断ち切り、「認知症になっても大丈夫なんだ」と思えるような社会に変えていきたいと思っています。

志村:1人ではなく複数の参加者で体験するところがポイントでしょうね。ダイアログをやっていると、ダークの場合は「視覚障がい者の疑似体験」、サイレンスの場合は「聴覚障がい者の疑似体験」とよく言われます。疑似体験は不便さ、不自由さを体験するものというイメージがありますが、イベント参加者に聞いてみると「むしろ自由だった」と言うんです。アイマスクをした状態の暗闇と、私たちがつくる完全に照度ゼロの暗闇は全くの別物で、後者だと自由が感じられます。

実際に、アテンドを務める視覚障がい者に「アイマスクをして街を歩いてみて」と言うと、目の周辺の肌感覚と自由がなくなるため、彼らでさえ「歩けない」と言います。こういう異文化の体験をする際はグループで、それもできれば知らない人たちとだと共感を呼び、新しい価値が生まれやすくなります。固定観念が単一化したグループの場合は、これまでの物差しで当てはめようとしますから。

下河原:よくわかります。座学にすると自分の物差しで考えてしまいがちです。そして体験したことがなくてわからないから想像ができないし、時には偏見を助長してしまう。だからこそVRの体験を通して、認知症を理解してもらうことが有効だと思っています。

阿部:僕はコピーライターという肩書ですが、最近はさまざまな方たちとコンテンツをつくることが増えています。こうした仕事で大切にしているのは、「異なる世界の入口」をつくることです。人は異なる世界には怖くて行きたがらないものなので、魅力的な入口をつくらないといけません。先日、「ダイアログ・イン・サイレンス」のクリエイティブを担当し、そこで、口に指をあてたビジュアルにし、「おしゃべりしよう」というコピーを添えました。

ここで「聴覚障がい者の疑似体験をします」というメッセージを立たせると、「関係ない話だな」と素通りをされてしまうので、多くの人に「おっ、何だろう?」と立ち止まらせる心地よい違和感をつくることを意識しました。多くの人は自分が知らない異世界に遭遇すると、私には関係ないと思ってしまいがちです。でも、実はその異世界には"熱い思い"というマグマがあり、それを多くの人にとって適温にするためにクリエイティブが役に立つと思っています。

下河原:先日、VR認知症の広告を考えていて、最初に「あなたがわかった」というコピーを考えました。でも、その言葉についてよくよく考えてみると違和感があり、最終的には没にしました。なぜなら「あなた」、つまりこの場合は認知症の人ですが、その人のことなんて本当は「わかる」わけがないんですよね。認知症だけでなく、それはすべてにおいて同じで、そこには福祉的な奢りや偏見が自分自身にあったと思います。

阿部:「わかる」という言葉は心理的距離を感じますもんね。一言で表すのであれば「あなたは私」かもしれません。

志村:ダイアログを20年続けて実感するのは、コミュニケーションを深めるための1つのキーは「寄り添うこと」です。ダイアログのイベントでは、海外ではガイド、日本ではアテンドと呼ばれる人たちがその役目を担います。阿部さんがサイレンスで書いてくださったコピーも企画に寄り添ってくれました。

阿部:コピーを考える際は相手と一緒に併走して、なぜそれをするのか、そこにある思いを徹底的に聞いてから、最後に言葉を書くようにしています。コピーライターは言葉を書く仕事ですが、実際は「書く」よりも「聞く」職業で、思いをたくさん聞いて、私はこう受け取ったという最初の1人になる役割を担うものと思っています。

下河原:「あなたがわかった」というコピーで進んでいたら、VR認知症プロジェクトは変な方向に進んでいたかもしれません。でも「あなたは私」だったら、目指す方向へと進む可能性があるように思います。

阿部:コピーは、ともすれば発信する人たちの目線やまなざしを露呈させてしまうもの。その人がどのように物事を見ているかがわかってしまいます。それが独りよがりの言葉だと、なおさらみんな敏感に気づきますよね。だからこそその人の思いをきちんと形にすることが大事で、僕はそのまなざしのありのままの部分をできるだけ曲げずに、素直に伝えたいと考えています。

    KOTARO ABE'S WORKS

    「ダイアログ・イン・サイレンス」では、どうすれば気づいてもらえるか、届けることができるのか。「心地よい違和感」を目指してクリエイティブを制作。静寂の世界を案内してくれるアテンドを募集するポスターは、「これをわかるあなたに向けてます」とあえて手話だけのポスターに。イベント告知ポスターは、「おしずかに」のポーズで「おしゃべりしよう」というコピーを。体験し終えた後に、あらためてこのポスターを見て、込めた思いが届くことを目指す。ラジオオンエアに合わせて、手話同時通訳をYouTubeでライブ配信する。このチャレンジを「サイレントラジオ」と名付ける。言葉は概念をつくり、行動を生む。名付けは存在を与える行為だと考えている(AD:高橋理)。

    松居大悟監督による映画「アイスと雨音」のプロデューサーを担当。「Next One Project」と題し、才気あふれる監督と「次の一番」をつくることを目指す。来年春に劇場公開。

    カンガルー肉の「ルーミート」を日本の食文化にするプロジェクト。食もコンテンツと考える。2014年からブランディングを含めた企画プロデュースを担当。コラボ先を募集中。

    新世代アーティストとして注目されるシンガーソングライター向井太一の新曲「FLY」の歌詞を共作。夢や目標を前に挫けそうな同志を鼓舞する世界観を構築。

    企画する人を世の中に増やしたい。その思いで開催するBUKATSUDO講座「企画でメシを食っていく」は、現在3期が開講中。ライゾマティクスの真鍋大度さん、ピースの又吉直樹さん、編集者の徳谷柿次郎さんらをゲスト講師に招き、企画力を育んでいく。来年も開講予定 ...

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