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青山デザイン会議

クリエイティブな人材を育てる学びとは?

浅尾芳宣 × 松田恵示 × 水野 学

いまや国内外の企業活動においてクリエイティビティの重要性は高まり、クリエイティブディレクターやアートディレクターが企業のコンサルティングに関わるケースが増えてきています。しかし、一方で学校教育においては、クリエイティブな人材を育てる環境はまだあまり整えられていない気がしています。美大など専門的な場でも、はたしてそれが実現できているのか、という疑問もあります。また、クリエイティブは理論だけではなく、感性によるところが大きい部分もあり、教える側の難しさも多分にあると思います。そこで、今回のデザイン会議では「クリエイティブな人材をどう育てるか?」をテーマに開催しました。福島ガイナックスでプロデューサーを務める一方、大阪芸術大学アートサイエンス学科で教鞭を執る浅尾芳宣さん、「遊び学」の研究者で東京学芸大学副学長の松田恵示さん、そしてクリエイティブディレクターとして数多くの企業のブランディングを手がけながら、慶應大学でも教える水野学さんの3名にご参加いただきました。

Photo:parade/amanagroup for BRAIN

ルールを置き換えてモノを見る

水野:僕は以前から「遊び」に興味があります。歴史学者のホイジンガは人間をホモ・ルーデンス、遊ぶ生き物と定義しましたが、松田さんが研究されている「遊び」はそのプレイの意味の遊びですか?それとも"ハンドルの遊び"のように余裕がある状態を指す遊びですか?

松田:私はその2つは繋がっていると考えています。ホイジンガの著書『ホモ・ルーデンス』には、面白がって焚火をしていた私たちの祖先が食べ物を火にかざして、食べてみたら美味しかった、そんなことから食文化ができたのではないか的な感じが書かれています。

面白いは「面が白い」と書きますが、これはトンネルを走っていて、出口で突然パッと明るくなったような状態です。つまり、計画を立てて生まれる体験ではなく、「ハンドルの遊び」みたいな余白というか、偶然が創り出す出会いの面白さを示していて、両方は「面白い」という同じことを違う面から見ているだけじゃないかと思っています。

浅尾:遊びで言うと、僕は学校の居心地が悪く、受験することの目標も見つけられず、自分が何をしたかと考えたら、将来は遊んで暮らしたいでした(笑)。そんな理由で進んだのが、映像の世界。その世界のほうが学ぶ・遊ぶ・仕事が繋がって、1つになっているような気がしたんです。それこそクリエイティブやアートと呼ばれる世界なのかと、当時は考えていました。

松田:学校はすぐに「何のためにやるの?」と目的を尋ねますが、遊ぶときはだいたい目的を立てませんよね。実際に、学校で教育と遊びを繋ごうとすると、必ず「遊びは何の役に立つの?」と聞かれます。ホイジンガが『ホモ・ルーデンス』で最も批判したのはそこで、それは労働と同じで近代が着込んだ灰色の服だと指摘しています。

水野:学校は現実と夢の中を引き裂こうとしますよね。休憩時間に絵を描いていると、授業のチャイムが鳴った途端に、「絵なんて描いてるんじゃない!」と怒られます。でも、デザイナーになるためには文章を読むことも絵を描くことも同じ勉強です。学校はなぜか現実と仮想世界を引き裂こうとしますよね。

松田:学校は社会性やルールを覚える場所ですが、遊びは学校と違って、ルール自体を自分で変えていくものですからね。

浅尾:学校でルールを覚えるのは重要なことですが、子どもに「自由にやってごらん」と言うと、ルールを自分で考えたり、変えたりする能力がいつのまにか失われていることがあります。僕は時々ワークショップをやるのですが、同じ質問をすると子どもの回答率の高さに比べて、大人になればなるほど答えられない傾向があります。

例えば「目の前に"奇跡の箱"があります。中に何が入っていますか?」と質問すると、子どもは"奇跡"という言葉の意味がわからないので、手当り次第に答えたり、それに相当すると思われる色々なものを持ってきます。でも、大人は「奇跡」という言葉にとらわれて答えられない。新しいルールを組み立てられないんですね。自分のルールや何かに置き換えることで別のモノが見えてくる、ということはクリエイティブやアートにとっての一歩目だと思います。

松田:今の学生は視点を他者に移すってすごい苦手ですね。文章を書かせて「それをお父さんが読んだらどんな風に読んでいると思う?」と聞いても答えられない学生が多くて。「自分視点」を相対化することが難しいみたいですね。

水野:僕はモノを売る仕事をしているので、20代女性がターゲットのときは、頭の中を20代女性にしないと当事者の気持ちを理解することが難しいと感じています。その行為を僕は「憑依」と呼んでいます(笑)。例えば20代女子は、ドラマ『A LIFE』をどんな視点で見るのか。20代女子は「なぜ2人の男性が竹内結子さんを好きになるの?」という視点で見ているかもしれない。でも、僕はつい主人公の気持ちで見てしまう。弊社スタッフには常に他者の視点を持つように言っているものの、憑依するのは結構難しいですね。

浅尾:憑依というのは"ごっこ遊び"ですよね。ウルトラマンの本当の気持ちはわからないけれど、子どもはそれを想像して遊んでいます。僕はそれを「妄想力」と呼んでいますが、自分の欲望に重ねる形で他のキャラになったり、演じたりすることが何かの役に立つと考えています。だから、僕は子どもに「コスプレはしなさい」と言っているんです。

水野:その通りだと思いますが、ちょっと勘違いする人がいるかもしれませんね(笑)。世の中にはただの妄想で終わるものと、社会に影響を与えるまで育つクリエイティブの2つがあって、その差はなぜ生まれるのかというところが、クリエイターを育てる上でポイントになるような気がしています。

浅尾:確かにクリエイターを育てるという意味では分かれますね。コミケや二次創作のように妄想を個人的な楽しみで使い、コミュニケーションツールにする人たちもいます。彼らは自分が妄想から得たものを使って友人を増やしたり、人生を豊かにしたいと考えていますが、そこからさらに「何かを発信したい」という人だけがクリエイターに育っていくのではないでしょうか。

水野:現代アートの人の世界で作品がきちんと売れている人は好きなものを勝手につくって売れているわけではなく、作品を売ろうと思っているからこそ売れているんですね。一生懸命考えて、自分がやりたいことと、市場で求められることを接着して表現に落とし込んでいます。

僕は26歳で独立したので、きちんと食べていくには早い段階からそれを意識せざるをえませんでした。そういう意味では、遊び≒仕事ということが自分ごとになったときに、みんな現実と妄想を接着しようとするのかもしれない。クリエイティブの教育はそこに火をつけてあげることが大事なのかもしれません。

ネット情報の時代に求められる"次の一手"

水野:クリエイターの特性を挙げるときに、「好きなことしかできない」というのがあります。よく言えばそれは能力であり、悪く言えば欠落です。だから、その人がやりたいと思うことをやらせないといけないし、やらせようと思ってもたぶん無理なんです。

浅尾:うちの子どもは全然勉強をしません。以前、「何かしたいことないの?」と聞いたら、美術の資料を持ってきて「仏像をつくってみたい」と言うんです。それから一緒に調べてみたら、近所にたまたま仏師がいて。中1のときからその仏師のところに通って、仏像を彫っているんですよ。

松田:今は教育改革で主体的、対話的で深い学びであるアクティブラーニングが注目されていますが、それはアクティブラーニングが想定している理想形だと思いますよ。

浅尾:興味が出たんでしょうね。そこから子どものネットの使い方が変わりました。以前はゲームやコミュニケーションツールとして使っていましたが、今は何かを調べたり、必要なものを買ったりと、世界を広げるためのツールとして使うようになったので、それはいいなと思います。

松田:その話を聞いて思ったのは、いまの子どもたちは遊びや興味があることに対してでさえ、情報が優先するということです。学生に「お昼食べに行こう、おいしいところある?」と聞くと、絶対にググるんです。歩きながら見つけるといった行動はとらない。世界を感じるよりも、世界を知ることのほうが先行しているって感じです。

水野:ものづくりの工程は、情報を得る、整理する、最適化する、アイデアを形にする特殊技能、想像力、妄想力など、いくつかのパートに分かれています。それを1つにして「ものづくり」と言ってしまいがちですが、世の中には情報の整理はできなくても技術が長けている人や、その逆もいます。

僕は96年に大学を出てデザイナーになりましたが、Macの登場によりピンセットやノリ、カッターを使ってデザインするという技術はほぼ不要になりました。そうなると、プラスαで何ができるかが重要になり、僕だったらモノを売ることだし、素晴らしくかっこいいデザインに仕上げる人もいる。つまり、今はネットで情報を得る、モノをつくるから、さらに"その次の一手"が求められているように思います。

松田:アニメの世界は今でも絵を描く技術は重要な要素ですか?

浅尾:アニメーターにとっては重要ですね。起点と終点の絵の間をアニメーターが埋めていくのですが、それを自動生成するプラグラムやソフトは既に稼働しています。でも、アニメを面白いと思うのは、理論や現実的な空間に対してではなく、「かっこいい」「かわいい」など感情的な部分が占めるからです。その感覚を優先させる日本のアニメの場合は絵を描く技術も大切ですが、妄想する力も同じように重要だと思います。

松田:うまく絵を描く技術だけでなく、それ以前の工程が大切ということですね。

浅尾:勉強や仕事の場合は、失敗せずに最短でゴールする道を考えますよね。効率化できることが優秀と評価されますが、アニメの世界では1、2週間ですぐにうまく描いてしまう子よりも、絵を描けない子が好きで頑張り続けて、2年かかってアニメーターになるというほうが大成する場合があるんです。

それはなぜかというと、最短の道で進んだ人は …

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