「なんでだろう」から始まるグラフィックデザイン
私の母はイギリス人、父はスリランカ人で、名古屋にあった当時の実家は、さまざまな文化が入り交じった資料館のような空間でした。母は英字新聞社の美術記者として働いていて、私の部屋は母の書斎も兼ねていました。
デザインの見方
私がデザイナーになろうと思ったのは高校3年生のときでした。通っていた学校は美術系ではなく、朝の6時から補習があるほどの進学校。勉強漬けの毎日に「このまま大人になるのはつまらない。脇道に逸れたいな」と思うようになり、面白いほうへ逃げるように美術系予備校の夏期講習へ通いはじめました。そのときはちょっとしたアウトロー気分。絵を描くことは昔から好きでしたが、予備校へ行ってからは周囲のレベルの高さに打ちのめされました…。
そこで受けた講義をきっかけに、グラフィックデザインのかっこよさを知り、デザイン学科を目指すことにしました。美大には一浪して入学しましたが、浪人中には素敵なデザインとの出会いもありました。TY NANTのボトルパッケージです。
当時出版された「PEN」のデザイン特集に、ミネラルウォーターのボトルが掲載されていました。そのひとつが、TY NANTです。ボトルの形をとどめていない、水そのものを形にするような自由な発想。こういうパッケージもあるんだと感銘を受け、私の既成概念は打ち壊されました。余計な装飾が一切ないTY NANTに惹かれたのは …