アラブ人のパーセプションを変えることに挑戦し、過去最高の市場シェアを獲得した(写真はイメージ)。
PR業界に飛び込む前―かれこれ15年以上も昔のこと―僕はゲーム会社の海外事業部で中東市場を担当していた。ドバイやサウジアラビアなど、何度も出張してなじんだけれど、いまでも日本人にとっては遠い世界―そんな中東から「アラブPR」の最新事例をお届けしよう。
中東とひとことで言っても、そこには異なる国々と文化があり多様性にあふれている。サウジアラビアが比較的厳格にイスラム文化を守る「地元志向」なのに対して、ドバイを有するUAE(アラブ首長国連邦)の人口の9割は外国人だったりする。中東のPR戦略は、いかに多様な人々にリーチして合意形成を図るかが重要なポイントだ。
そんな難題に挑んだのが、「Have a break, have a Kit Kat.」のキャッチフレーズでおなじみの、ネスレのチョコレート菓子「キットカット」。日本でもマーケティングPRには定評のあるブランドだ。2015年にサウジアラビア、UAE、カタール、オマーン、レバノン、クウェート、ヨルダン、バーレーンの中東8カ国で、「CELEBRATE THE BREAKERS’ BREAKS」と名づけられたキャンペーンを展開した。
このキャンペーンがPRとして面白いのは、アラブ人の「ひと休み(BREAK)」することへのパーセプションを変えようとした点に尽きる。アラブ人には何となく優雅にゆっくり過ごしているイメージがあるかもしれないが、現実はそうでもない。例えば、UAEの祝祭日は年にたったの7日。ワーカホリックといわれる日本の「国民の祝日」は16日だから、その半分以下だ。さらに言うと、アラビア語には「BREAK」に相当する言葉が存在しない。一貫して「BREAK」というコンセプトで差別化してきたキットカットにとっては、何とも悩ましい問題だ。
そこでキットカットは、商品訴求ではなく「ひと休み(BREAK)」の価値をPRすることで、ブランドへの興味・関心を喚起するという作戦に出た。ターゲットは、毎日忙しく働く、イマドキのアラブ若年層。まずは、中東ヤングに人気のエンタメ番組のパーソナリティと協力。彼らがいきなり「お休み宣言」をするというニュースから始めた。例えば、超人気番組『Sa7i』のプレゼンターKhalidさんのお休み宣言は、またたく間にYouTubeやTwitterで拡散され、衛星テレビ局『アル・アラビア』が休暇プランについて本人に取材をするなど話題が拡大。さんざん休暇の話題を盛り上げて、満を持してキットカットは自らが仕掛け人であると明かしつつ、「休みをとろうぜ!」というメッセージを広告やブランデッドコンテンツで発信した。これが大成功し、キットカットは中東における過去最高の市場シェアを獲得。「休暇」に対するパーセプションを変えて結果を出した好例だと言えるだろう。
日本もそろそろ休暇シーズン。僕らもたまにはゆっくり休みましょう。Have a break!ではまた来月!
ブルーカレント・ジャパン代表取締役社長 本田哲也(ほんだ・てつや)氏米フライシュマン・ヒラード上級副社長兼シニアパートナー/戦略PRプランナー。主な著書に『最新 戦略PR 入門編/実践編』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)、共著に『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。 |