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カンヌに見る海外のPRトレンド

今年のカンヌはカオスな香り!? 固定観念を打ち破るPRエッセンスを探そう

井口 理(電通パブリックリレーションズ)

2012年にPR部門の審査員を務めた電通パブリックリレーションズの井口理氏。本稿ではPR部門に限らず、様々な部門に潜むPR的なエッセンスをピックアップし、「どんどん自身の仕事に採り入れてみよう!」という趣旨でレポートする。

今年のカンヌはカオスな香り…

ここ数年、カンヌライオンズでは毎年、怪物エントリーが存在し、部門をまたいで複数受賞している印象が強い。それは、各エントリーが様々なソリューションを複合的に組み合わせたキャンペーンであり、かつ、それぞれの部門における目的をきっちりと果たしていたからこそ成し得た結果だ。昨年で言えば、ホンダの「SOUND OF HONDA」やボルボトラックの「LIVE TEST SERIES」、ハーヴェイ・ニコルズの「Sorry, I spent it on myself」、ブリティッシュ・エアウェイズの「Magic of Flying」、チポートレの「THE SCARECROW」。あるいは一昨年のDove「Real Beauty Sketches」、メルボルン鉄道の「Dumb Ways to Die」、OREOの「Daily Twist」など。

しかし今年は、そういった怪物エントリーが存在しなかった故、それぞれの部門におけるグランプリやゴールドライオンなどを横並びにしてみると、どうにもバラバラに見え、グループ化しての解説は困難な様相だ。

私が審査員を拝命した2012年には、「ソーシャル・グッド」の視点を持ったエントリーが部門を問わず上位に入賞し、フィルム部門にさえ、その片鱗を感じた。程度の差こそあれ、今もこの流れは続いており、巷では「どうにかソーシャル・グッドを取り込めないか」という本末転倒な相談が激増している。今年のカンヌライオンズも「ソーシャル・グッド」のエッセンスを取り入れたエントリーは、ある程度まとめることができると思うので、そこから紹介してみたい。

P&Gによる「固定観念の払拭」

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P&G Always「#LikeAGirl」 
PR部門グランプリ。生理用品のブランドメッセージとして「女性らしさ」への偏見、固定観念に対し疑問を投げかけた。

まずはPR部門でグランプリを獲得したP&Gの「#LikeAGirl」キャンペーン。これも大きく捉えると「ソーシャル・グッド」の範疇だと私は思う。

簡単にキャンペーンの概要を説明すると、P&Gの生理用品「Always」ブランドが、女性が生理の始まりという体の変化のタイミングによって、自信をなくしてしまいがちである、という現象を変えようとした取り組みだ。「女性っぽいしぐさをしてください」という投げかけに対して、世の中の男性、あるいは成人女性は弱々しいしぐさを演じるが、思春期前の少女たちはそれとは真逆な、非常に力強い振る舞いを見せつける。この対比により、世の中の女性を見る目がいかに偏見に満ちているかをあぶり出す仕掛けで、自分自身の固定観念、ステレオタイプ的な考え方に再度気づかされる。

一方で同キャンペーンは、ブランドへのロイヤリティ強化も同時に図っている。特に女性は成人前に使っていたモノをそのまま使い続けるという傾向も強く、この時期に出会ったブランドの継続使用が望める。調査によると思春期前の少女5人中4人が「Always は“Like a girl”というフレーズの概念を変えることに寄与している」と答えた。

このように、今年のソーシャル・グッドは、より企業の販促やレピュテーション強化といった「目的」に近づける努力が見て取れる。企業活動と遠いところでCSR的な活動をしてみても、「なぜ、この企業がそんなことをやってるんだ?」となって、自身への見返りは限りなく小さくなってしまうが、企業活動をベースとした「社会に貢献できること」をすれば、WINWINになるし、長続きしやすい。そのことを、企業はもちろん、生活者や社会が認めだしたのではないだろうか。

今回、これらの動きは「ソーシャル・パーパス」と呼ばれ、「プロモーションとパーパス(目的)がマリアージュしたもの」として各所で紹介されているが、これも決して新しい考え方ではない。むしろ、企業としての「基本」に立ち返った、社会とのコミュニケーションの取り方と言える。「何かうちの会社でソーシャル・グッドなことができないか」などと考えず、まずは自社が社会に提供している価値について、もう一度考えてみるべき時期になったと言えるのではないだろうか。

また、本エントリーから学びたいのが、「固定観念の払拭」という視点だ。今、PR界では、社会の凝り固まった考えを覆すためにはどうすればいいのか、それを実現するためのアイデアが求められている。一昔前のPRは「理解促進のためのコミュニケーション」として、広告と比較されていたが、今は考えさせるための「機会創出」そのものがPRにも求められている。

自転車対策とボルボの覚悟

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VOLVO「Life Paint」 
購買・行動喚起につながった取り組みを称えるプロモ&アクティベーション部門グランプリ。ボルボが事故防止のため自転車の発光スプレーを発売した。固定観念を捨て、最適手法を選んだ企業姿勢が見事。

商品そのものをプロモーションするだけではなく、社会的共感を創り出し、ブランディングにつなげていくという手法で、とても気になったのが、PRでは無冠だったがプロモ&アクティベーションでグランプリを獲ったボルボの「Life Paint」だ。ボルボと言えば車のメーカー。しかし、今回発売したのは自転車ユーザー向けの発光スプレー。「なぜ自動車メーカーがそんなものを発売するのか?」と思われるかもしれないが、ボルボは自動車メーカーの社会的責任として、クルマが引き起こす事故に真っ向から取り組む姿勢を打ち出したというわけだ。

すでに皆さんは、ボルボのイメージとして、非常に頑丈な車を開発し、エアバッグなども最新のものを搭載、常にドライバーや同乗者の安全を守り抜くための努力を怠らない、という印象をお持ちだと思う。しかし、今回ボルボはそれに飽き足らず、自動車メーカーならクルマに乗っている人だけでなく、その周辺の人の安全性まで広く考えるべき、という結論に至り、接触事故を未然に防ぐための発光スプレーを開発したわけだ。

この取り組みの背景にあるのが、彼らが定めた「2020年までに、ボルボ車が起こす自動車事故を0件に」という目標。特に、自転車との夜間の接触事故が多い中、自転車の視認性をアップさせ、ドライバーが事故を回避できるような手を考えた、ということなのだ。

自動車側の対策を図るだけでなく、事故の相手側である自転車や歩行者のあり方を変えていこうという、「逆目線」で展開したこの施策。まさにコロンブスの卵のような発想と言えるだろう。自動車事故の撲滅という「成果」のために、自動車側で解決を図ろうという「固定観念」を捨て、「手段」を問わずにやりきる、という覚悟が、本気感を感じさせる良い取り組みとなっている。受賞部門は異なるが、コーポレートコミュニケーションやブランディング的な見地から、PR要素も十分含んだ取り組みとして参考になるだろう。

習慣を変えた「塩なのに紫色!」

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FUNDACIÓN FAVALORO「THE SALT YOU CAN SEE」 
ヘルスケア団体が塩分の過剰摂取の抑制のため、塩のかけすぎに気付く「紫色の塩」を提案。調味料を使いすぎてしまう習慣を変えるきっかけを与えている。

同じく固定観念を捨て去るところから始まった事例を紹介しよう。アルゼンチンのヘルスケア分野の啓発活動を行っている団体が、塩分の過剰摂取を抑制するWorld Salt Awareness Week(塩について考える週間)に展開した、「THE SALT YOU CAN SEE」というキャンペーンだ。PRでブロンズ、プロモ&アクティベーション部門ではゴールドを獲得している。

皆さんも経験があると思うが、「少し塩味が足りないな」と思って卓上塩を手に取りパッパッと振りかけ、いざ食べてみると「うわっ!塩辛い! かけすぎた~(泣)」というようなことがよくある。なぜこういうことが起きてしまうのかと考えたときに浮かんだのが「塩って白っぽくて半透明だから、どのくらいかけたかが分かんなくなってしまう」ということ。そこで彼らは「塩をカラーリングする」という大胆な施策を仕掛けた。

「白いから分からないんだよ、これパープルにしてみよう!」というわけで、紫色の塩を配布した。実際に振りかけてみると派手な色がお皿に舞い散り、「うわっ!こんなに塩をかけていたのか!」と気づくという仕掛け。もちろん、体に害のない着色料を使っている。非常にシンプルだが、効き目は確実。秀逸なアイデアだ。

一度、そういった体験をすると、その後気を付けるようになるわけで、これは日ごろの習慣について、何かしら考えさせる「きっかけ」をつくりだして、その強い印象から意識を継続させるという取り組みとなっている。ここにも「固定観念を捨てる」という視点が生きている。

退屈せずに赤信号を待つには?

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DAIMLER AG/SMART MM 「THE DANCING TRAFFIC LIGHT」 
アウトドア部門のブロンズ。赤信号のヒト形サインが踊り出し、歩行者を楽しませることで、無茶な横断を防ぐ。自然と信号無視という問題について考えさせる「場づくり」の例。

意識の高い生活者だけでなく、もっと普通に生活している人に対して、なにか意識を高めるための接触機会がつくれないものだろうか、という時にヒントになるのが「THE DANCING TRAFFIC LIGHT」。

ドイツのダイムラー社が行ったキャンペーンで、こちらは横断歩道での事故発生が増加する中で、歩行者の意識改革に取り組んだもの。赤信号を待てない人が多い、という環境下で、なぜ赤信号を守れないのか?というところから、「待っている間も楽しめる赤信号を作れば、退屈しないのでは?」という発想から生まれた取り組みだ。赤信号のヒト形サインが、音楽に合わせて踊りだすというエンターテインメントに早変わり。しかもそのダンスがバラエティに富んでいる!

実はこれ、近くに設置したブースで、実際に人が踊っていて、それが信号サインに変換されている。エンターテインメントを提供する側も一般の歩行者で、自然と楽しく参加したくなる仕組みとなっている。「偶然出会って、見て楽しんで、あとでしっかり考えてみる」という体験創出型のこのアイデアは、その後5つの都市からオファーがあったとか。こういう自然伝播的な成果が生まれるのは、実効性の高いプランということの証明と言えよう。これはPR部門ではショートリスト止まりだったが、アウトドア部門ではブロンズを獲得している。

「良い体験」が好印象を維持!

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POSTNL「A KISS AS A STAMP」 
オランダのキャンペーン。粋なキスマークを印刷したバレンタインデー専用のポストカードを郵便局で販売し、年間で40%もポストカードの販売が増えた。手紙を書くきっかけとなり良い体験をすることで、継続的な購入につながった例。

さて、最後は、オランダでバレンタインデーに合わせて行われた「A KISS AS A STAMP」キャンペーン。残念ながらプロモ&アクティベーション部門のショートリスト止まりだったが良キャンペーンだったのでご紹介。

欧米では日本と異なり、男女を問わず、恋人や親しい人に花やカードを贈るのが定番となっている。そこに目を付けたのが郵便局。切手を貼るスペースに、粋なキスマークを印刷したバレンタインデー専用のポストカードを発売したところ、前年比の283%、10万枚が売れたばかりか、年間で40%もポストカードの販売数が増えたとか。

携帯電話が普及する中、わざわざ手紙を書くのは面倒で、ちょっと足が遠のきがちだが、粋なカードをきっかけに、自分も楽しい、相手からも喜ばれてうれしい、「良い体験」となったことが、その後のポストカードの売れ行き向上にも寄与したのではないだろうか。「きっかけを提供して、良い体験をしてもらう」ということをいかに定期的に、あるいは継続的に取り組んでいけるかが重要なのだ。何かしらの接点、きっかけをつくっていくことが、現状打破への一歩だと感じさせる事例だ。

日本の企業担当者の参加が増加

最後に、少し違う観点で、ひとつ気づいたことをお伝えしておきたい。それは、今年は例年に比べ、日本のクライアント側の人が数多く参加していたということだ。もはや、キャンペーンの作り手のみならず、クライアント自らが、コミュニケーションやクリエイティブの最先端で何が起きているのかを感じるために来仏しているのだ。コミュニケーションの最先端を走る企業が「どのような姿勢や覚悟で臨んでいるのか」を「自身を鼓舞するひとつのきっかけ」とするために来ているのだろう。

そして彼らは、「これやってみたいね!」と楽しそうに語りかけてくるのである。そう、すぐにでも取り込めそうなものをいろいろ学んで、チャレンジの気持ちでそれに邁進しようとしている、そんな前傾姿勢のクライアントを多く見られたのはうれしいことだ。

受賞した作品には、自分の考え方に沿うもの、刺激を与えるもの、疑問を抱かせるものなどが数多くあったが、カンヌライオンズは、単なる作品コンペではない。ここから何を導き出せるかが大切なのだといつも感じている。クライアント企業も自身のイマジネーションを高めて、エージェンシーともっと突っ込んだ議論ができればきっとすばらしいキャンペーンが生まれるはずだ。もうすでに、来年のカンヌライオンズが楽しみだ。

電通パブリックリレーションズ チーフPRプランナー
井口 理(いのくち・ただし)

1990年入社。「世界のPRプロジェクト50選」「WOMMYAWARD2014」など多数受賞。「Cannes Lions 2012」「PRWeek Awards Asia 2015」「New York Festivals2015」審査員。2013年6月『戦略PRの本質~実践のための5つの視点~』を上梓。

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