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カンヌに見る海外のPRトレンド

PR会社の応募が初の半数超え!嶋浩一郎さんが語る、カンヌ「PR部門」審査の裏側

嶋 浩一郎

2011年、13年、そして15年とPR部門の審査員を務めてきた嶋浩一郎氏。時系列でカンヌにおけるPRを定点観測してきた立場から、審査の評価軸の変化を踏まえて今年のPR部門を振り返る。

「バズを競う戦い」の終焉

2011年にカンヌが広告という看板を下ろし、クリエイティビティのお祭りにタイトルを変えた一つの理由が、PR部門をその年から設けたからと言われている。PRの出品数はモバイルと並び急増しており、今年は1900を超える作品がエントリーされ、PRエージェンシーからの出品が初めて50%を超えたことは特筆される。カンヌはもともと広告業界のお祭りで、参加者もエントリーも広告会社が中心だった。カンヌ事務局は新しいカテゴリーをつくるたびに、世界のデザイン業界、デジタル業界など、広告以外の産業からのエントリーを増やすため様々な手を打ってきた。PRも例外ではない。グローバルPRエージェンシーのCEOクラスが次々と審査員になり、今や世界のPRパーソンはカンヌを自分たちの技術を競う場と認識し、今年のPRエージェンシーからのエントリー数の増加はその結果だ。

カテゴリー立ち上げ当初は広告会社からのエントリーが多く、多くの作品はスタントを実施することでどれだけパブリシティが獲得できたかをアピールするだけだった。しかし、2011年にフライシュマン・ヒラードのCEOがPRの本来の目的である、パーセプションチェンジ(認識変化)、ひいては人々のビヘイビアチェンジ(行動変化)をクライテリア(判定基準)として打ち立てたことで、単純にバズを競う戦いからより本質的に「この仕事は世の中をどう変えたのか?」という視点で評価されることになった(図1)。

彼が記者会見で「だって、ニュースをつくるのはPRパーソンにとって歯磨きと一緒だろ。問題はそのパブリシティによって何をするかだ」と答えていたことを今でも覚えている。審査中も広告会社から出品されたであろうビデオが「こんなにパブリシティがでました!」と露出の量だけを自慢して終了してしまうと、審査員の中から失笑が漏れたのも覚えている。

キーワードは正当性・信頼性

それから、さらにカンヌのPR純度は高まった。審査員の中には広告会社やメディア会社の人も何人か含まれていたが、今年は審査員のほぼ全員がPRパーソンという構成になった。審査委員長はそのフライシュマン・ヒラードのアジア・パシフィックCEO。

クライテリアを明確にしないまま審議に入るカテゴリーもあると聞くが、彼女は初日からPRとは何か、われわれのクライテリアは何か、という議論を審査員にもちかけた。もちろん、カンヌであるからクリエイティビティは最高のクライテリアになるわけだが、PRカテゴリーとして、法律の制定や新しいライフスタイルの定着など、人々の行動変化が重要であることが議論された。PRの仕事はあるソサイエティにおける新しい合意形成なのだ。

さらに、その議論の中で出てきたのがブランドや企業の「オーセンティシティ(正当性)」や「トラスト(信頼性)」というキーワード。ビジネスインパクトと並んで、その仕事は企業の正当性や信頼を高めるかどうかが重要だという意見が多数でた。また、短期的な成果よりロングスタンディングな価値を生み出すことを評価すべきだという意見も出た。その議論を前提に僕らは審査を行った。

PRカテゴリーだけではなく多くのカテゴリーでソーシャルメディアでいくつ「いいね!」を稼げたか、あるいはYouTubeでいくらビュー数を稼げたか、そういう短期的なバズを作る仕事が評価されてきた。その技術は重要だけど、今年のPRの審査はより本質的に長期的に成果を出すブランド活動を評価する傾向にあった。

女性の実像に迫る仕事に評価

ポーラ「Call Her Name」
化粧品「RED B.A」のブランディングキャンペーンの一環で制作され、ブロンズ受賞。
企画制作は博報堂、博報堂ケトル、TOKYO。

©Cannes Lions 2015



グランプリを獲得した米P&Gのブランド「Always」の作品「#LikeAGirl」はその代表作といっていい。生理用品を売る会社が社会における女性のあり方に対して議論を起こす仕事。10代の子は「女の子らしくしてみて」という問いかけに、可愛らしい素振りでこたえるが、子どもたちは同じ問いかけに対し、全力で何かをする。つまり、女らしさは社会がどこかのタイミングで子どもたちに教えている後天的なものだということ。その様子を映したビデオは、女らしさに対する議論を巻き起こし、そして、女性に対するパーセプションや態度を変えさせるポテンシャルがあると判断された。そして、その変化の起こさせ方、つまりファクトの見せ方がとてもクリエイティブだと評価された。

日本からの作品は当社が担当したポーラの「Call Her Name」がブロンズをいただいた。この仕事もファクトからPRストーリーを紡いでいく手法がクリエイティブで発見があると評価された。子どもができてからもファーストネームで呼ばれる母親は、ある体内ホルモンが多くなり、体の中から美しくなる。この科学的な事実をPRのストーリーに昇華した仕事だ。これらはともに、それぞれの企業の重要なターゲットである女性が社会の中でどうあるべきかという大きな問題に取り組んだ仕事で、キャンペーンを手掛けるブランドの「正当性」や「信頼性」がまさに評価された。そういう意味でもPRカテゴリーの作品は広告的なものから、より本質的なパブリックリレーションズを実現する作品に回帰してきたともいえる。

僕が一番好きだった作品はバーガーキングの「プラウドワッパー」。バーガーキング店頭で虹色の包み紙の「プラウドワッパー」が発売される。お客さんたちは新しい包み紙を見て、新商品が出たと思いプラウドワッパーを注文する。しかし、中身は普段のワッパーとまったく同じ。包み紙の内側には「We are all the same inside」というメッセージが。LGBT問題に対する企業姿勢を非常にシンプルでクリエイティブなやり方で示した作品だ。

グランプリと競った作品はイギリス政府観光局の「グレートチャイニーズネーム」。中国人観光客を増やすためにイギリスのアイコニックな観光地100カ所に中国語で名前をつけ直すキャンペーン。これだけ聞くと、よくありがちな参加型のコンシューマージェネレーテッドコンテンツじゃないの?という風に思ってしまう人もいるかもしれない。PRの仕事は第三者を巻き込みオピニオンをつくっていく仕事だから、生活者参加型のコンテンツも非常にPR的だといえる。このキャンペーンが特筆すべきは、つけられた中国語の名前がユニークでクリエイティビティにあふれていたこと。コ・クリエーション(共創型)コンテンツにおいて、企画者は参加者のクリエイティビティを刺激し、コンテンツ全体の価値を上げていかなければいけないことがよく分かる。単純にセルフィーやツイートを送るという作品が多いなか、その点が光っていた。

博報堂ケトル代表 編集者・クリエイティブディレクター
嶋 浩一郎(しま・こういちろう)

1968年生まれ。1993年博報堂入社。『広告』編集長などを経て、2006年博報堂ケトル設立。主な仕事にサントリー、KDDI、J-WAVE、旭化成ホームズなど。「本屋大賞」立ち上げのほか、カルチャー誌『ケトル』の編集、書店「B&B」の経営も手掛ける。

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