本田哲也氏による海外情報の連載「Global Topics」も今回はカンヌバージョン。「日本のクリエイティビティの秘密」というテーマでスピーチをした本田氏から、3つのキーワードを挙げて、当日の様子をダイジェストでお届けしたい。

日本のクリエイティブの源泉にある「PRP」とは、Perfectly Rejecting Perfection=「完璧を完璧に否定する」概念のこと。ゆるキャラ、絵文字、高校生の制服などがあてはまる。
世界一クリエイティブな国?

日本のクリエイティブが世界を変える――そんなテーマで、6月に開催されたカンヌライオンズでスピーチをしてきた。世界中から集まる300人以上の公式スピーカーの末席に授かれたのも、「日本」に対する関心、ひいては日本のクリエイティブへの関心の高まりがあるからだ。
そもそも、日本は「クリエイティブな国」だと世界から思われている。アドビが実施した調査(図1)によると、「最もクリエイティブな国」は米国を押さえ日本が1位。東京はNYを押さえ「最もクリエイティブな都市」だ。日本人にはとっても嬉しいことだけれど、問題は、なぜか?だ。なぜ日本はクリエイティブなのか?その裏には何があるのか?
この問いには、案外と明確な答えがない。「クールジャパン」的なものに惹かれる欧米人も、そこまで考えたことなんてない。僕たち日本人にとっても、それは暗黙知化している。今回のスピーチでは「日本のクリエイティビティの秘密」を読み解くべく、それを3つのキーワードで解説した。
(1)不完全の美学(PRP)
ひとつめのキーワードは、「Perfectly Rejecting Perfection(完璧を完璧に否定する)」。日本的にいえば、「ユルさ」や「不完全の美学」だ。長いので、会場では「PRP」と呼ぶことを提唱した(笑)。日本はとかく「完璧主義」とみなされる。
しかしその一方で、例えば500年前に千利休が広めた「いびつな茶器」のように、日本人は完璧から少し外れたものに一種の美意識を感じる。これは神道にその根がある。神道では人間は自然とつながっていて、自然は常に「不完全なもの」だった。いっぽうで、現代は情報やコンテンツがあふれかえり、雑音が多すぎる。そこで何かが「完璧すぎる」としたら、それは人々の目にとまらず関心を捉えない。ここに、「PRP」発想――完璧を完璧に否定する発想――が活かされる。日本の女子高生は、自分たちの制服を微妙にいじり、独自にアレンジすることで、完璧を完璧に否定する。くまモンやふなっしーに代表される「ゆるキャラ」にも、PRPが存在する。世界でコミュニケーションのあり方を変えつつある「絵文字(Emoticon)」もそうだ。世界で2億人の月間アクティブユーザーを持つまでになったLINEにも、スタンプの設計などの根底にはPRP発想がある。

カゴメ「ウェアラブルトマト」
2015年2月の「東京マラソン」協賛にあたり、トマトにモバイル性を持たせた「ウェアラブルトマト」を開発。マラソン時の栄養補給にも最適というメッセージを発信した。
(2)インナーチャイルド
ふたつめのキーワードは、「The Inner Child(インナーチャイルド・秘めた幼児性)」だ。完璧さと双璧な日本のイメージに、秩序の正しさや規則性がある。想像を絶する東京のラッシュアワーにも秩序はあり、災害時にも人々がきちんと並ぶ姿は世界的なニュースにもなった。
しかし、その一方で、日本人は時に大いに羽目を外す。とんでもない大騒ぎやクレイジーな行動に出る。これは、規則に縛られているように見える日本人と日本社会のとても深い内面には、奥底にインナーチャイルドがいるからだ。老若男女問わず、「無礼講」が許される飲み会、カラオケ、コスプレ……などはすべて、インナーチャイルドを呼び覚ますシステムとしても機能している。日本は「インナーチャイルドの国」であり、これが時として思いもよらないクリエイティブを生むきっかけとなる。
例えばカゴメの「ウェアラブルトマト」キャンペーンや、NTTドコモの「3秒クッキング 爆速エビフライ」。どちらも今回カンヌで受賞を果たしたが、強いインナーチャイルド発想を感じる。
インナーチャイルドは、様々な領域の日本のクリエイターに潜んでいる。その意表をつく滑りで世界を魅了するプロスケートボーダー・宮城豪は、「ただ子どもの心で面白いことが生み出されても、子どもの状態のままだったら形にならない。子どもの自分が生み出したものを大人の自分が少しずつ研ぎ澄まして、時間をかけて形にしていくというその対話が重要」と言う。日本を代表するYouTuber「はじめしゃちょー」も「割と厳しい家庭で、『あれするな』『これするな』と。子どものころできなかったことを今、大人になって全部自分の責任で楽しくやっている」と笑う。つまり、自分の中の子どもと大人の自分、いわばその二人の「共同制作」。それが、誰も見たことのないものを生み出すというわけだ。
(3)次世代クリエイティブ
最後のキーワードが、「The Next Stage Creative(次世代クリエイティブ)」。「PRP(完璧に完璧を否定する)」と「インナーチャイルド」の組み合わせで生まれる、いわばたくさんの人の「コピー行為」によって成長するクリエイティビティだ。PRPは、オリジナルに他人がカスタマイズできる余地を与え、インナーチャイルドは、オリジナルを「イジる、遊ぶ」精神を与える。たくさんの人々が、オリジナルを「クリエイティブに」コピーしていくことで、それは増幅され成長する。
日本のラーメンはいま世界で大人気だが、ここにも実は「次世代クリエイティブ」が息づいている。日本のラーメンは数千種類とも言われ、誰にも正確な数は分からない。しかし、ラーメンの進化こそ、オリジナルをコピーし、他の要素と混ぜ合わせ、新しいオリジナルを創りだすというプロセスそのものだ。次世代のラーメンクリエイターと目される、ソラノイロの宮崎千尋は、「真似をして引き出しをいっぱい増やして、勉強したことを自分の中で咀嚼して、再構築して表現していくということだ」と言う。クリエイティブディレクターのNIGOは「これから、世界中のクリエイティブが影響し合っていくんじゃないか。ネットによって、世界中のものが洗練されて、ひとつのものができあがっていく」と語る。
コンテンツや情報であふれかえっている世界。ソーシャルメディアが普及しコミュニケーションのコントロールが難しい時代。コ・クリエーションが始まる時代。そんな中、この3つのキーワードを強みとする日本は、世界的に有利な立場にあると僕は思う。そしてこれこそが、日本のクリエイティビティが世界を変えていく(あるいは変えつつある)理由でもある。
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ブルーカレント・ジャパン 代表取締役社長 本田哲也(ほんだ・てつや)ブルーカレント・ジャパン代表取締役社長/米フライシュマン・ヒラード上級副社長兼シニアパートナー/戦略PRプランナー。主な著書に『最新 戦略PR 入門編/実践編』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)、共著に『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。 |