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「64」ドラマ化レポート

現役の記者が会見シーンを監修、マスコミ対応を描いたドラマ『64』の裏側

屋敷陽太郎(NHK 『64』チーフ・プロデューサー)

マスコミとの関係、広報チーム内の葛藤と役割、組織との板挟み……。『64』は広報という仕事の難しさを徹底的に描き出したドラマでもある。関係者への取材を重ねたという、プロデューサー・屋敷陽太郎氏の“広報観”とは。

    あらすじ

    D県警の広報室と記者クラブが、加害者の匿名問題で対立する中、時効の迫った重要未解決事件「64(ロクヨン)」の被害者遺族宅への警察庁長官視察が1週間後に決定した。わずか7日間しかない昭和64年に起きた、D県警史上最悪の「翔子ちゃん誘拐殺人事件」。長官慰問を拒む遺族。当時の捜査員など64関係者に敷かれたかん口令。刑事部と警務部の鉄のカーテン。謎のメモ。そして、長官視察直前に発生した新たな誘拐事件は、64をそっくり模倣したものだった…。

現役の記者が会見シーンを監修

僕も演出の井上剛も、ドラマ『クライマーズ・ハイ』(2005年放映)の制作スタッフなんです。『64』は2012年秋の刊行とともに一気に読んで、再び、同じスタッフで映像化したいという思いに駆られましたね。だから横山秀夫先生に映像化の許可をいただいたときは本当に嬉しかったですよ。ピエール瀧さんに広報官役をお願いしたのは、『あまちゃん』の仕事でご一緒していた井上からの提案でした。

日本放送協会 制作局 チーフ・プロデューサー 屋敷陽太郎氏(やしき・ようたろう)
1970年富山県生まれ。93年NHK入局。以来、ほぼ一貫してドラマ制作に携わる。主な担当番組に、土曜ドラマ『君たちに明日はない』『島の先生』、ドラマ10『ガラスの家』、大河ドラマ『新選組!』『篤姫』『江~姫たちの戦国~』など。現在は、来年の大河ドラマ『真田丸』も準備中。

2014年の春から本格的に制作がスタートしたのですが、実際に現役の県警広報の方やOBの方たちに何人もお会いしました。僕が素敵だなと思ったのは、広報経験のあるOBの方は今でも、かつて付き合いのあった記者さんと連絡を取り合っているんですよね。「俺があの記者に仕事をゼロから教えてやったんだ」という誇らしい気持ちもあって、記者の成長を長く見守っている。現役時代は日々、緊張感ある勝負をしていたであろう広報と記者の間に漂う、独特の連帯感というか信頼関係は凄いなと思いました。

記者の方にも何人もお話をうかがいましたが、警察の取材は新聞記者の登竜門でしょう。それだけに印象は鮮烈なものがあって、「張り込んでいた県警の広報の人たちの車のナンバーは一生忘れない」と言う。夜回りした自宅の番地も覚えてる、と。『64』の中では「広報室は窓。窓はあるが、マスコミが考えているほど大きくないだけのことだ」という三上のセリフが象徴的だと思うんですが、この微細な関係性は広報の仕事に本気で取り組んだ当事者でなければ分からないだろうなと思います。

企画段階の取材でそういう実感があったので、出演者の皆さんにも役づくりのためのインタビューの場を何度も設けました。一緒に地方県警の広報室を訪問したり、広報経験があるOBの方から何時間もお話をうかがったり。ピエールさんはじめ、新井浩文さんも山本美月さんも同様です。

記者役の永山絢斗さんたちも同世代の若手記者と食事をしたり、記者を演じる女優さんは現役の女性記者の方とお会いしたり。撮影中も現役記者やカメラマンの方に監修いただいて、会見場での場所争いとかシャッターを切るタイミングとか、報道の現場のリアリティを追求しました。

僕は初めて原作を読んだとき、県警記者クラブが抗議文を出すとか、報道協定の場面でボロボロになった刑事部の二課長に詰め寄るとか、実際に起こりうるの?と思っていたんですよ。でも報道関係の知人に聞くと、「あるよ」と皆が口を揃えて言う。「抗議文、俺も書いたことあるよ」と平然と話す記者も珍しくない。もちろんドラマなので多少の演出も加えていますが、横山先生が描く精緻な世界は凄いなと、改めて感じました。

「傍観者」である広報の葛藤

普通の刑事ドラマは主人公が犯人を見つけるかトリックを解くわけですが、広報官の三上はずっと傍観者で、何をするわけでもない。傍観者として客観的に事態を把握して、その事実をどう噛み砕いて伝えるのかを考え抜く。三上はそういう役どころであり、ある意味、広報の立ち位置そのものなんだろうと思います。

組織における広報の仕事の独自性というか、難しさはそこですよね。劇中に「刑事は楽な仕事だ」というセリフがあって、もちろん楽なわけではないですよ。ただ広報と比べれば使命は明確で、「犯人を捕まえたか否か」という二者択一で評価できる。それに比べて広報の仕事は、成果が見えづらい。三上のように現場を知っている人であればあるほど、内心忸怩たる思いがあるわけです。

でもそういう仕事って世の中にはたくさんあると思うんです。組織で働くサラリーマンなら誰しも「自分がいるべき場所は本当にここなのか?」と必ず自問自答するでしょう?このドラマも三上はもちろん、三上の部下である諏訪も美雲も、相手方の記者の秋川たちも居場所を探している。

僕自身も同じです。ドラマ制作の仕事といえば、やっぱり最初に憧れるのは監督なんですよ。一方で僕みたいなプロデューサーの仕事は、撮影現場にいないこともあるし、立ち会っていても何の役にも立たない時間がほとんど(笑)。朝、ピエールさんに「おはようございます」とあいさつして、撮影中はぼーっと立っていて、撮り終わったら「お疲れさま」って言っただけという日もあります。そうすると僕なんかも「本当にこの場所でいいんだっけ?」と思ったりしちゃうわけです。でも裏では経理とか労務管理とか、危機管理の仕事があって、トラブルがあれば解決しなきゃいけない。結局のところ、それがプロデューサーである自分の役割なんですよね。

自らに問いかけ葛藤しつつも、最終的にはやっぱりここが自分の場所なんだろうな、という結論に辿りつく。このドラマはそういう思いが全編にわたりあふれているところが、物凄く好きなんですよね。広報の人はもちろん、サラリーマンなら誰しも重ね合わせることができる感情があるはずで、僕は勝手に、「居場所探しのドラマ」だと解釈しています。

いよいよ4月18日から全5回のドラマがスタートしますが、初回のタイトルは「窓」。「広報室は窓」という原作でも印象的だったセリフから付けました。仕事と真剣に向き合っている『広報会議』の読者の方々にぜひ観てほしいと思います。僕も作品を見ながら、自分の居場所を考えたいです。(談)

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