
NPO設立から世界遺産登録までの道すじは、約8年。地元自治体が政府を通じて暫定登録申請をユネスコに提出。暫定登録リストに記載後、政府(文化庁・外務省)と自治体が協力し、仮・本推薦書を提出し、学術的な専門家からなるICOMOS(国際記念物遺跡会議)の現地調査・勧告を経て世界遺産委員会で登録決定に至る。そのフェーズごとに、関係機関の調整のほか、富士山の価値を知ってもらうきっかけづくりに取り組んできた。
世界文化遺産登録のためには、地元自治体や政府が連携し、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)への申請を進める必要がある。関係自治体の調整、国内へのPR・啓発活動を担ったのが、認定NPO法人「富士山を世界遺産にする国民会議」(以下、富士山会議)だ。
富士山に対する意識を変える

中曽根元総理を会長に 賛同・協力を得やすい組織にしたNPOとしての活動を成功させるためには、重要メンバーの囲い込みが欠かせない。中曽根康弘元内閣総理大臣を会長に、元文部科学大臣の遠山敦子氏を副理事長(現理事長)に迎えた後、静岡・山梨両県知事に声をかけて組織を固めた。(左から)小田全宏運営委員長、成田豊電通会長(当時)、石川嘉延静岡県知事(当時)、中曽根康弘元総理大臣、山本栄彦山梨県知事(当時)、高階秀爾副理事長。
ある日突然「世界遺産になりました」と言われても、国民はその価値が分からず大切にしようという気持ちは生まれない。「登録に至るプロセスそのもの、日本の宝が世界の宝になろうとしている事実を知ってもらう。そうすることによって、あることが当たり前と感じがちな地元の人、日本人の富士山に対する意識を変えられると考えました」と富士山会議運営委員会エグゼクティブプロデューサーの嶋瀬徹氏は話す。