リピート来店してくれる、店舗の魅力を第三者に発信してくれる…。どうすればロイヤルティの高い顧客を育成できるのか。消費段階にまで目を向けた「顧客エンゲージメント」の概念から、その施策の方向性を明治大学の井上崇通氏が考察する。
消費・経験の価値まで見据えた企業と顧客の価値共創
伝統的なマーケティングの考え方は、企業(店舗)が商品(サービスでもよい)を提供し、消費者がそれを受け取って、何らかの形で便宜のために使用するという発想に基づいている。こうした発想では、あくまでも消費者は提供されたものを購入する存在であるという考えにつながっていく。
昔、ハワードというマーケティング学者が「私はconsumer behaviorという言葉を使わずにbuyer behaviorという言葉を使う」と述べた。すなわち消費者の購買こそが、長らくマーケティング活動の焦点であり、「4P」という発想も、そこに視点を置いた考え方と言える。従来のマーケティングにおいては、実際に商品を手にした消費者がそれをどのような形で使い、経験していくのかというところにまで目を向けてこなかったのだ。
当然だが、「消費者行動」には購買行動と消費行動の2つの側面が含まれている。従来のビジネスモデルは、ややもすると購買者、つまりお金を払って消費者が商品を購入してくれるところに力点が置かれており、その商品・サービスがその購入者の日常生活でどのように使用・利用・経験されているのかというところにまで目を向けたロジックになっていなかった。しかし購入された商品は、その購入者の日常生活そのものと切り離すことはできない。
そのため、提供される商品の価値を創出するには、消費者がその商品についての十分なスキル・ナレッジ(知識・技能)を持ち合わせていることが前提条件になるのは当然だ。そして、ここに顧客が対象商品と、どのように係わっていくか、すなわち「顧客エンゲージメント」の重要性が浮かび上がってくるのである。
マーケティング領域でも注目 エンゲージメントの概念
最近のマーケティングの新たな研究潮流として注目されているのが、「エンゲージメント(engagement)」という概念。さまざまな分野で非常によく使われているが、「エンゲージメント」という言葉は、社会学、社会心理学や経営学でも最近注目されている概念であり、それらの領域では、市民エンゲージメント、社会エンゲージメント、従業員エンゲージメント、などのさまざまなタイプのエンゲージメントとして研究されてきた。
もちろん、マーケティングにおいても例外ではない。エンゲージメントという考えは、近年、多くのマーケティング研究者、実務家、コンサルタントの関心を集めている。文献の中にも、顧客エンゲージメント、消費者エンゲージメント、広告エンゲージメント、ブランド・エンゲージメントなどの形でさまざまに取り上げられている。
このように、エンゲージメントという概念は、現代マーケティングの理論や実務の中で中心的な概念のひとつとして認識されるようになってきていると言えるだろう。さらに近年、注目されているサービス・ドミナント・ロジックにとって、理論と実務を結びつける媒介的役割を果たす理論(中範囲理論)の役割を担うものとしても注目されている。
本稿では前者の実務に直接貢献しうる概念としての「顧客エンゲージメント(customer engagement)」概念を取り上げていく。
4つの側面から読み解く顧客エンゲージメントの構成要素
顧客エンゲージメントとは、購買行動による、製品・店舗との結びつきを越え、消費活動にまで踏み込み、そこで創出される企業と顧客の相互作用あるいは経験が生み出す顧客の心理状態を指す言葉である。
一般に、顧客エンゲージメントは、その結びつきの状態を理性的な側面(認知的側面)、感情的な側面(感情的側面)、さらには単に心の中の問題としてだけでなく、どのような行動に結びついているか(行動的側面)について検討するよう促す概念として理解する必要がある。
つまり、顧客エンゲージメントは、顧客のロイヤルティおよび満足度と深く結びついていることがわかる。さらには、新製品開発、サービス・イノベーション、バイラル・マーケティング(紹介などを通じた顧客同士の結びつきを問題とするマーケティング)にも貢献できる …