クリエイターのオフィスを訪ねると、よく見かける、大きな本棚。忙しい仕事の合間に、クリエイターたちはどんな本を読んで、どのように仕事に活かしているのか。今回は、ドローイング、ペインティング、写真、コラージュなど多様な技法で表現を行うアーティストの大竹彩子さんです。仕事や人生に影響を受けた本について聞きました。
『ハリス・バーディックの謎』
クリス・ヴァン・オールズバーグ(著)、村上春樹(訳)
(河出書房新社)
私の記憶の本棚〈絵本〉の段には、クリス・ヴァン・オールズバーグの絵本が数冊並んでいる。映画『ジュマンジ』にのめり込んだ私に、その原作である絵本『ジュマンジ』のほか何冊かオールズバーグの本を父がプレゼントしてくれた。その内の1冊が『ハリス・バーディックの謎』。私の不思議や奇妙なものへの好奇心の原点はここに隠れていたのかもしれない。
見開きに、謎の人物ハリス・バーディックが残した14枚のモノクロームの絵と、それぞれの題名と説明文が並ぶ。文は村上春樹氏の訳で、今となっては読み飛ばしていたのが勿体無いのだが、幼い私にとってこの一冊はまさに“絵”と対峙する本であり、彼の描く美しく奇妙な絵は大人になっても消えない強烈な残像を残した。その不気味さは切なさも含んでおり、子ども向けに彩色された日本の絵とは違い、異国独特の雰囲気を纏うオトナな緊張感を漂わせていた。
オールズバーグの絵にはきっと魔法がかけられていて、じっとみていると、影が揺れ、カーテンは風に靡なびき始める。彼らと目が合いこちらに何か訴えかけてくる。知らないうちに、彼の魔法はあちらとこちらの世界の境目を曖昧に溶かしてしまう。一枚の絵の向こう側には、どこまでも私の知らない世界が無限に膨らみ広がり続け、いつも私の好奇心を誘惑する。