クリエイターのオフィスを訪ねると、よく見かける、大きな本棚。忙しい仕事の合間に、クリエイターたちはどんな本を読んで、どのように仕事に活かしているのか。今回は、言葉と絵による作品発表や執筆を行う作家の安達茉莉子さんです。仕事や人生に影響を受けた本について聞きました。
『旅をする木』
星野道夫(著)
(文春文庫)
「あらゆるものが終わりのない旅を続けているような気がしてくるのです」──星野道夫さんの遺した文章を読むと、書く人の役割は、日々を生きて、経験し、そして書き残すことなのだと思う。出会わなければ、相手が星野さんでなければ生じなかっただろう、誰かとの会話、聞き逃されていた言葉、見逃されていただろう風景。それは大いなる流れの一部であるように、読者に受け継がれ、また誰かの中に流れていく。それは殆ど奇跡のように思える。
本書に収録された「もうひとつの時間」というエッセイは私にとって特別な意味がある。泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとして、例えば愛する人に、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるか。写真だろうか、絵だろうか、言葉だろうか──その話をした人はこう言った。その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思う、と。読んでから、ひとりの人間の中に宿るものを、ただ耳を澄ませて聴きたいと思うようになった。それはひとつの宇宙なのだ。言葉を超えたところに大事なものはあり、いつも追いつかない。だからこそ誠実に、言葉を綴りたいと思う一冊。