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青山デザイン会議

人生100年時代をどう生きる?──エイジングをポジティブに変えるために必要なこと

猪狩 僚、阪本節郎、ドミニク・チェン

2007年生まれの2人に1人が100歳を超えて生きるといわれる「人生100年時代」。広告・クリエイティブの世界を見ても、60代、70代を超えて活躍することはもはや珍しいことではありません。

今回、青山デザイン会議に集まったのは、2019年度グッドデザイン金賞を受賞した、いわき市の地域包括ケアプロジェクト「igoku(いごく)」の編集長を務める、猪狩僚さん、早稲田大学で教鞭をとる傍ら、テクノロジーやアート、サイエンスを横断して活動し、ウェルビーイングの可能性を探求するドミニク・チェンさん、博報堂で「新しい大人文化研究所」を設立、現在は「人生100年時代 未来ビジョン研究所」所長を務める阪本節郎さん。

超高齢社会、人生100年時代を迎えるなかで、私たちは老いや死とどう向き合っていくべきか、そして生涯活躍し、豊かな人生を送るために必要なこととは何か、それぞれの視点から語り合っていただきました。

Photo:amana photography Text:rewrite_W

「死」に触れることはタブーではない

猪狩:僕は福島県いわき市の地域包括ケア推進課の職員で、いわきの言葉で「動く」を意味する「igoku」という名前で、フリーペーパーを発行したり、イベントを開催したり。「死をタブー視しないコミュニティプロジェクト」といっていて、基本的には全世代が対象ですが、メインターゲットはまさに僕のような40~50代。親は70代前半くらいで、まだ介護も必要ない。でも、ある日突然くるわけです。そのときに驚き、急に学び始めるのでは遅いので。

ドミニク:私は去年、あいちトリエンナーレ2019に「Last Words/TypeTrace」というインスタレーション作品を出展しました。10分以内に大切な誰かに宛てた遺言を匿名で書いてもらう作品で、執筆のプロセスがそのまま再生される仕組み。会期中2000人以上から遺言が送られてきて、もちろん私も当時6歳の娘に宛てて書いたのですが、途中から涙がポロポロこぼれてしまって。遺言というのは、読むほうも感情を揺さぶられますが、実は書く行為のなかに本質があるのだとわかりました。

猪狩:まさに疑似体験ですね。僕らも同じで、年に一度開催する「igoku Fes」では、入り口に棺桶があって、入らないと会場に行けないようにしています。棺桶に入ると、みんなふざけて「いいやつだったよね」なんて言うんですが、それを真っ暗な中で聞いていると、明日からもうちょっとだけやさしく生きよう、なんて思ったり(笑)。

ドミニク:死に触れることって、決して否定的な体験ではなくて、今の生というものにフィードバックを与えてくれるんですよね。ちなみに、igokuにはどんな反響が?

猪狩:フリーペーパー(P091参照)では毎号「死ぬ、死ぬ」言っているので少しザワつきましたが、おおむね好評です。とくにお医者さんや介護関係者は、お硬い役所が死についてオープンに考えようと言ったことを歓迎してくれて「よくぞ!」と。

ドミニク:Webもかなり攻めてますね。

猪狩:怒られたら消せばいいという発想なので(笑)。よく「どうしてこの内容で受け入れられたのか?」と聞かれるのですが、いわきでは9年前、東日本大震災で何百人もの人が亡くなりました。そしてあのとき僕らは、今日と同じ明日が続かないということを強烈に学びました。その体験は大きかったかもしれません。

阪本:私は今から20年ほど前、博報堂で、広告会社として初めて高齢社会を考える部署を立ち上げました。そもそも当時は高齢者=介護で、マーケティングの対象ですらない時代。それが調査をしてみると、どうも従来の高齢者とかお年寄りとは違う、どこまでいっても現役の感覚を持ち続けていることがわかりました。そこで「新しい大人文化」と名付けたんです。

ドミニク:つまり、高齢者とかシニアというラベリングを受け入れたくない?

阪本:はい、その傾向はとくに団塊の世代から顕著に見られます。ただそれから20年がたった今も、意外と従来型のシニア観は根強くて、メディアやメーカーなどの送り手と、私たち受け手の間には、いまだにギャップがあるんです。

猪狩:どうして団塊の世代から?

阪本:ひとつは彼らが、ヒッピーという若者文化を初めて本格的に興した世代だから。もうひとつは、がんなどの病気が治るようになったからでしょうね。

ドミニク:私の親も団塊の世代ですが、言われてみるとそうですね。医療がますます発達していったら、その傾向はもっと顕著になっていくのかもしれません。

阪本:にも関わらず、報道されるのは「老後2000万円問題」のような暗い話ばかり。個人消費が伸びないといいますが、生活者の実感をすくい上げるマーケティングやクリエイティブがあれば、大きな転換が起こるんじゃないか、と思うのですが。

    DOMINIQUE CHEN'S WORKS

    『未来をつくる言葉─わかりあえなさをつなぐために』ドミニク・チェン(新潮社)
    ぬか床をロボットにしたら?人気作家の執筆をライブで味わう方法は?遺言を書く切なさは画面に現れるのか?思考と実践を通じ、デジタル表現の未来を語った1冊。2020年1月22日発売。

    「NukaBot」Ferment Media Research(ドミニク・チェン、ソン・ヨンア、小倉ヒラク、守屋輝一)
    菌の活動や発酵具合を測定するセンサーを内蔵した、コミュニケーションできるぬか床ロボット。音声認識スピーカーが搭載されており、「そろそろかき混ぜたら?」といった会話によって、ぬか床の状態を教えてくれる。

    「心臓祭器」小薗江愛理/田中麻彩/鈴木愛佳/古家広大(早稲田大学ドミニク・チェンゼミ)
    心臓の鼓動を触覚的に感じ、コミュニケーションするワークショップ「心臓ピクニック」のシステムを応用。故人の生前の心拍を記録し、死後に自身と故人の心音を重ねたものを感じながら祈りを捧げるための道具。

    「Last Words / TypeTrace」dividual inc.(ドミニク・チェン、遠藤拓己)
    2007年、作家の舞城王太郎氏が書き下ろしの新作を執筆したことでも知られる、タイピングの軌跡を記録し再生できるソフトウェア「TypeTrace」を使用。あいちトリエンナーレ2019では、インターネットで募集した「10分遺言」がモニターに流れるインスタレーションを行った。

    「凹むを楽しむ─リグレト」dividual inc.(2008~2017)
    悩んでいることや凹んでいることを投稿すると、他のユーザーからアドバイスや慰めの言葉をかけてもらえる匿名制のコミュニティサービス。

    「Aging展」早稲田大学合同制作展示(ドミニク・チェンゼミ+橋田朋子研究室) メインビジュアル:藤原奏人
    生きていくなかで過ぎ行く時間をどのように認識し、多面的に解釈するかをテーマに掲げ、学生たちがチームを組み作品制作に取り組んだ。

よりよく死ぬことは、よりよく生きること

ドミニク:私は、心が充足する仕組みを科学的に扱う「ウェルビーイング」を研究しています。調査をするなかで、高野山のお坊さんに「最近、心が充足した経験は?」と尋ねたことがあるんです。普通は昇進とか出産とかポジティブなライフイベントをあげる人が多いのですが、その方は「自分の父親を看取ったこと」とおっしゃる。

阪本:それはどういうことですか?

ドミニク:こうやって死にたいという希望を本人から聞いて、その通りに見送ることができたから、と。親族の死が心の充足につながるという研究は聞いたことがありませんが、たしかに共感はできます。

猪狩:igokuでも「よりよく死ぬことは、よりよく生きることだ」と、いつも言っているんです。

ドミニク:私は能楽を習っているのですが、その師匠が言うには、漢字が入ってくるまで、日本には「死」という言葉は存在していなかったそうです。そして日本の死は、生が終わるのではなく弱っていくイメージで、生と死が連続的にあるものとして考えられていたんですね …

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