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青山デザイン会議

いま東京を離れて働き、暮らす理由

伊藤直樹(PARTY)、梶 友宏、原田優輝、山口 周

都心への一極集中が進む一方で、働き方改革にともなうテレワークの推進などによって、東京から離れて働く・暮らす流れが加速しています。本誌でも以前、カヤックが取り組む「鎌倉資本主義」を紹介しましたが、その流れはクリエイティブ業界にも広がり、山手線の外にオフィスを移すだけでも「遠い」と言われていたのは、すっかり過去の話になりました。そんな注目のエリアに昨年、新たにオフィスをオープンしたのが、PARTYの伊藤直樹さん。

そのほか今回の対談に集まってくれたのは、『ニュータイプの時代』などの著者として知られる山口周さん、ローカルプロジェクト「鎌倉と◯◯」を主宰する編集者の原田優輝さん、そして元ユニクロのクリエイティブディレクターで、独立し鎌倉に拠点を移したばかりの梶友宏さん。PARTYも運営に関わるコレクティブオフィス「北条SANCI」で、都心から離れて働き・暮らす楽しさや葛藤、これからの可能性などについて話をうかがいました。

Photo:amana photography Hinano Kimoto Text:rewrite_W

人生を変えたければ「住む場所」を変えろ

伊藤:今うちの会社では、社員の契約をどんどん見直しているんです。8割とか5割とか、自分がどれくらいの割合で会社にコミットするかを決めて。複業もOKだし、その人が望む雇用形態に変えていって、中にはオフィスだけをシェアする人もいます。

原田:東京もシェアオフィスのような形なんでしたっけ?

伊藤:そうですね。プロジェクトが生まれたらバッと集まるスタイルなので、各所にオフィスがほしいということで、東京のほかに、まずここ鎌倉。次は福岡とか京都とか香港とかシンガポール、あとは西海岸、というふうに増やしていきたい。本社をドーンと構えて「どうだカッコいいだろう」という時代ではない気がして。

原田:僕が鎌倉へ引っ越すひとつのきっかけになったのは、東日本大震災のときに、いろいろなものが東京に一極集中しすぎている現状に危機感を覚えたこと。震災後は、地域をテーマにしたメディアなんかも増えましたが、その多くが東京からの一方的な目線だったことにも、編集者として問題意識を持っていました。

山口:引っ越したのはいつ頃ですか?

原田:2015年です。ずっと鎌倉への引っ越しを検討していたわけでもなく、たまたま見に行った物件がとても良くて、直感的に決めました。今も東京の仕事が多いですが、働く場所とは別に新しい軸ができたというのは大きかったですね。

山口:僕は電通を辞めた後、外資系コンサルにいたんですが、生きていくのがつらかったんですよ。年収はもちろん、住んでいる場所とか乗っている車とか着ている服とか、全部セットで上げていくという競争をするのが。そんなとき、大前研一さんから「人生を変えたければ、3つ変えろ」と言われたんです。まずは「住む場所」、もうひとつは「付き合う人」、3つ目は……なんだったかな(笑)。

原田:それで、すぐ葉山に?

山口:父親の実家が由比ヶ浜で、リラックスできる場所だと刷り込まれていたんでしょうね。それまではいろんなものが幕の内弁当みたいにセットで揃っていたんですけど、そこに葉山というノイズを投げ込んだ感じ。そうしたら、服装も変わって仕事もなくなっちゃって(笑)。こちらに移って、ちょうど5年目くらいになります。

伊藤:僕も5年目です。

梶:みなさん同じ頃って、何かあったんですか?僕は今年、独立と同時に鎌倉に住み始めました。

伊藤:思い切った選択ですよね。

梶:一言でいうと「人とのつながり」が大きいですね。起業した友人が葉山にいて、事業のブランディングを手伝っていたのですが、あるときカヤックの柳澤大輔さんに話をしに行く機会があって。そうしたら「サーフィンやるの?じゃあ来ちゃいなよ」って言われて、「そうっすね……」と。とはいうものの、家族で引越しするのって、なかなか大変です。それが、柳澤さんに妻の転職や、子どもの通う「まちの保育園」(カヤックと豊島屋が運営する企業主導型保育園)を工面していただいたこともあって、じゃあ行くかと。

山口:伊藤さんが葉山を選んだのは?

伊藤:某有名写真家の別荘があったり、某有名料理家が魚や野菜を探しに来ていたり。そんな様子を見ているうちに、こっちのカルチャーが気になりだして。

山口:葉山と鎌倉って、隣町みたいに思われるけれど、実は日本橋と渋谷くらい離れていて、文化も違いますよね。

伊藤:よく「湘南行くから会おうよ」って言われますが、地図見てよって(笑)。

移動時間をいかにクリエイティブにするか

梶:「こっちに来て大丈夫かな?」と不安に思ってたんですけど、都内に出るのも湘南新宿ラインで50分、テレカン(電話会議)もできるし、実はそんなに困っていないんです。むしろ電車の中で本を読んだり仕事したり、時間をうまく使っています。

原田:僕がよく言っているのは、「結局、1日2時間以上はデスクワークをするよね」という話。電車に座れさえすれば、行き帰りの2時間がそれにあてられるし、集中していると意外とあっという間です。

伊藤:僕は、葉山に引っ越して英会話が上達しました。パソコンをしたいときは電車で、声を出したいときは車で。往復2時間、英語のラジオや教材を聞いて、ずっとモニョモニョ言っています。

梶:なるほど。

伊藤:もう車通勤歴10年以上なので、その時間をいかに活用するかを考えないと、ただのストレスになってしまう。それで、今は英会話か会議。昔だったら電話代を気にしなければいけなかったけれど、今はappear inやZoomがありますから。

山口:十分できますよね。たとえば17時にミーティングが終わって、18時から社内で別のミーティングがあるとします。そういうとき、僕は空いた時間を移動にあてるんです。そうすると会議が終わった瞬間に家に着いて、移動時間をフルに生産に使うことができる。向こうは普通に電話で会議に参加してると思っているけれど(笑)。通勤が大変といっても、ほとんどが座っているだけですから。

伊藤:なかなか理解されないですけど……。

山口:車でも電車でも約1時間、クリエイティブに時間を使おうと思えば、いくらでも使えるのが湘南エリア。僕は今、本を読むのが仕事みたいなものなので、読書量がめちゃくちゃ増えました。

伊藤:うちはあえてこういうところにオフィスをつくって、キャンペーンをしているんです。アメリカでも、(海沿いの)シリコンバレーに働きに行って、住むのはサンフランシスコ市街というパターンってあるじゃないですか。逆流するので電車は混まないし、ストレスも溜まらない。

山口:すごく共感します。特に今の季節、僕たちが何に一番優越感を覚えるかというと、休みの日に鎌倉とか葉山から東京に向かう車線が大渋滞になってるのを、反対側から涼しい顔で眺めること。

伊藤:本当にそうですね(笑)。

山口:当たり前ですけど、「人と同じ」はコストがかかるんです。経済学の原則で、需要が増えると価格は上がるじゃないですか。需要が増えるってことは、人と同じものをほしがっているということなので。満員電車もそうだし、渋滞もそう、それを反対にしてみる。一種の逆張りです。

伊藤:逆に使うとまったく人生が変わる。ビデオ会議のフリーズのストレスはまだ若干あるけど、5Gになったらさらに変わると思いますよ。そのうちビデオ会議でも、顔を突き合わせて感情を交換しあうことができるようになるでしょう。

原田:仕事とは関係ないですけど、鎌倉や三浦半島は食材が豊富なこともあって、引っ越してから料理をするようになりました。クリエイティブ業界で働く人の中には、食事の時間を惜しんで働いているような人も少なくありません。でも、そこをないがしろにしていたらできない仕事もたくさんあると思うんです。

梶:僕も越してから本格的に料理するようになりました。このへんって店が閉まるのが早いので、食材もそれを見越して買っておかないといけなくて。で、「今日の夕食どうしようかな」って。おっしゃるとおり、前は仕事が忙しくて食事を抜いてしまうこともありましたが、今は家族で食卓を囲めるようになりました。

原田:東京にいたときは、あまり料理をしたいと思うような環境ではなかったし、外食も多かった。まだ料理歴4年なので生意気なことは言えないですが、日常の行動がひとつ変わるだけで、見えてくる世界がだいぶ変わる。それは意外と大事なことかなと思っています。

    NAOKI ITO'S WORKS

    The Chain Museum
    遠山正道×PARTYが発信する「アートの次のあり方をつくる」プロジェクト。アーティスト支援アプリ「ArtSticker」の開発などを行う。

    WIRED JAPAN
    2018年11月、クリエイティブディレクターに就任。エディトリアルデザインやイベント・Webとの連携など、メディアデザインの実験を行う。

    GANGUAI
    AIのアルゴリズム「GAN(敵対的生成ネットワーク)」をアーティストと捉え、GANが絵を描き、立体造形を行うアートプロジェクト。

    北条 SANCI
    PARTYの鎌倉オフィスとしても使われている、閑静な住宅街の中にあるコレクティブオフィス。設計はスキーマ建築設計。

    ArtSticker
    アーティストを直接支援することで新たなお金の流れを生み、アートをより開かれたものにすることを目指すプラットフォーム。

    成田国際空港第3ターミナル
    LCC専用として2015年にオープン。設計を日建設計、家具を良品計画、デザインをPARTYが担当。歩くことを楽しめるよう陸上用トラックを設置するなど、新しい空港体験をデザインした。

東京で見るローカル、中から見るローカル

山口:10年くらい前のビジネス書って、だいたいは東大に行って外資の金融に入って稼いで40代で引退しようっていうのと、アントレプレナーになってソーシャルビジネスをやろうというのと、社畜になって会社にしがみつけ、というものばかり。それっておかしいだろう、と思ったんです。

梶:そうですね。

山口:僕は当時、ど真ん中を行ってたので、そういう狭い価値観とかモノサシに石を投げたいというのがすごくあって。半ばやせ我慢みたいなところもあるんですけど。たとえば、23時に西麻布で会食が終わって、昔だったらタクシーで15分だったのが、「ここで乗ったら3万円飛ぶな」と思って、横須賀線に乗って帰ってくる。起きたら久里浜の場合もありますけど(笑)。

梶:僕も都内に行く日は、何のために行くのか目的も明確にするし、できるだけスケジュールを詰め込むようにしています。都内に住んでいた頃は、どんな打ち合わせでも参加していましたが、今は行かなくてもいいものは遠隔で。向こうも遠いのを知っているから、理解してくれて …

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