オーストリア・リンツ市に拠点を置く国際的なクリエイティブ機関「アルスエレクトロニカ」。毎年開催されるフェスティバルは、アートとテクノロジー、サイエンスの横断的な表現を探求するメディアアートの祭典として知られています。今年は過去最高の11万人を動員し、日本から、ヤマハ、NTT、筑波大学、バンダイナムコ、NEC、博報堂、博報堂アイ・スタジオ、東北新社といった企業が多数出展。視察する企業も急増し、未来社会の兆しを探求する場としても注目を集めています。
今回集まってくれたのは、Ars Electronica Tokyo Initiativeでプロデューサーを務める博報堂の田中れなさん、アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ、博報堂とともに2017年からオープンイノベーションプロジェクトを行う、バンダイナムコ研究所の荒明浩一さん、今年アルスエレクトロニカ・フェスティバルに初めて出展したヤマハの嘉根林太郎さん、さらに昨年、森ビルデジタルアートミュージアムを立ち上げた杉山央さん。なぜ今、改めてアルスエレクトロニカが注目されているのか、参加企業にとってどんな意義があるのか、お話をうかがいました。
プレゼンテーションではなく課題提起
嘉根:私はヤマハでグローバルマーケティングを行うセクションに所属しています。ふだんは楽器などのプロダクトも担当していますが、今回はブランドキャンペーンの企画、立案、実施の担当として、初めてアルスエレクトロニカに出展しました。
田中:招聘アーティスト、という位置づけですよね?
嘉根:そうですね。私たちが今、注力している分野のひとつに音楽AIがあって、それをアート界隈やイノベーターと呼ばれる人たちにプロモーションしたいというのが出展を決めた理由のひとつです。アルスエレクトロニカは、アート・テクノロジー・ソサエティがテーマ。広義で音楽はアートだし、最先端の技術を研究していて、音楽文化にも貢献する。その文脈に、うまく合ったのかなと。
田中:私は、博報堂とアルスエレクトロニカの共同プロジェクト、Ars Electronica Tokyo Initiativeのプロデューサーです。6年前からアルスとコラボレーションしており、主にアーティストと共に未来社会を描くコミュニティをつくる活動や、アートシンキングを経営や研究開発に取り入れ、未来起点でイノベーションを支援する「アートシンキングプログラム」の提供を行っています。バンダイナムコ研究所さんとはプロジェクトでご一緒しています。
荒明:最初は、博報堂さんやアルスエレクトロニカ・フューチャーラボと一緒に、「パックマン」の可能性をアートシンキングの目線で問い直してみようということで、「パッカソン」というフレームをつくり、4つのプロトタイプを出展しました。今年の4月には、私の所属するバンダイナムコ研究所が立ち上がって、コラボレーションは3年目になりますね。
田中:バンダイナムコさんはエンターテインメントの会社ですが、根底にあるのは「遊び」をお仕事にされていることです。プロジェクトでは、遊びを仕事にしようと思ったきっかけをご担当者に問うところから始まり、「遊びが社会の何を変えられるのか?」と社会へ投げかける問いをつくることを中心に据え、進めてきました。
荒明:最初は、パックマンというゲームの持つ未来の可能性について考えていました。ところが深堀りしていくと結局、「遊びの持つ力って何だろう」という問いにぶつかり、あらゆるところにインターフェイスとしての遊び心が生まれる社会になったほうがいいよね、という考えに行き着きました。そこから毎年、FUN(ファン)とLANGUAGE(ランゲージ)をかけ合わせた「FUNGUAGE(ファンゲージ)」というコンセプトで出展を続けています。
杉山:僕は森ビルで六本木ヒルズを中心としたアートイベントや展覧会の企画をしていて、お台場に「森ビルデジタルアートミュージアム」という施設をつくったり、街をこういうふうにしたら面白いんじゃない?というのを形にする仕事をしています。今回アルスへは、都市が媒介となって新しい産業を生み出し続けている仕組みを研究するために行きました。
田中:アルスエレクトロニカ・フェスティバル(以下、アルス・フェス)は、メディアアートの祭典といわれていますが、ただのプレゼンテーションの場ではなくて、「自分はこういうことを考えているけれど、あなたはどう思いますか?」と問いかけ、対話をする場所なんですね。
荒明:大人や子どもはもちろん、会場にはアーティストや研究者も集まっているし、ここでしか得られないフィードバックが得られるという感覚があります。だからこそ、展示の来訪者へ投げかける問いも毎年どんどん進化させて、出展を続けています。
嘉根:アルス・フェスで求められているのは、自分の考えをどう発信して議論を起こすか。音楽もそうだし遊びもそうだし、さまざまなソサエティがある中で、よりよい社会って何だろうという議題を考えていく。初めて参加してみて、そう感じました。
杉山:リンツ市を中心に、行政や市民、アーティストを巻き込む生態系ができていて、40周年を迎えてなお輝きを増しているというのもすばらしい。
荒明:今年は、40周年を記念した展示もありましたね。
杉山:平面的な表現から始まって、モノや空間、さらには生命体やバイオまで、テクノロジーの進歩にあわせて、表現も広がっていることを確認できました。
田中:何より作品をつくったご本人がそこにいて、話しかけてくる。他にも、メディアアート界の大御所と大学生の作品が同じ会場に並んでいて、国籍も社会的な立場も関係なくフラットに議論ができます。
杉山:僕は、未来をつくる人たちって、いくつかにカテゴライズできると思うんです。たとえば、2~3年先の未来は、スタートアップとかベンチャーがつくる世界。でも研究者とかアーティストがつくるのはもっと先。どうやって使われるかわからないものを、表現とかアートという形で世の中に出していくという。
田中:アルス・フェスはテクノロジーの展覧会ではなく、自分たちが描く未来をテクノロジーを使って表現する場であり、そのアートを通じて未来社会について考える場。まさにアーティストを「未来市民」と表現しています。
杉山:僕は、先ほど挙げたどちらの人たちとも一緒に街をつくっていく必要があると感じています。アルスには、未来を表現している人がたくさんいるので、彼らがどんなことを考えているのか、そこを見たいと思っているんです。
田中:今年のテーマは「Out of the Box(既成概念からの脱出)」で、サブタイトルが「The Midlife Crisis of the Digital Revolution.」。アルス自体が今年40周年を迎え、今まで実践してきたことを見つめ直す自己批評的な視点もありつつ、デジタル革命で得た真の恩恵とは何かを問い直しているのかな、と読み解いています。
嘉根:テクノロジーが発展したがゆえに弊害も出てきているというメッセージもありましたよね。いい意味での自己否定も感じて、面白いフェスティバルだなって。
RINTARO KANE'S WORKS
改めてアルスが注目されるわけ
田中:私がプロジェクトに関わり始めた5年前は、アートを経営に取り入れるなんて、「何を言っているの?」という感じでした。それが最近、「アートシンキング」が注目され、お問い合わせも多くいただき、日本企業の出展や日本から視察にいらっしゃる方もすごく増えました。やはりみなさん、どこか行き詰まりを感じていて、それを突破するひとつの視点としてアートを必要とされているのかな、と思います。
杉山:アートって、他人の意見を知ることで自分を見つめ直すということ。これだけ世の中が成熟すると、なかなかマーケティングから新しいことは生まれないので、問いを立てて世の中を変えていこうという視点が求められているんでしょう。
田中:アルス・フェスは、今グローバルレベルで何が語られているのか、何に着目しているのか、それぞれの考え方やアイデアを共有する場所だと認識しています。共有して帰る、そしてまた行きたくなる。
杉山:僕は出展してないのに、どこに行くよりも楽しい(笑)。それはきっと、圧倒的な数の刺激とインプットがあるから。
嘉根:しかも、一方的に情報をもらうんじゃなくて、めちゃくちゃ考えさせられる。
杉山:期間中はメイン会場の「ポストシティ」のほか、いくつかの会場で展示が行われていますが、すれ違った人たちと「あそこにすごい作品があったよ」と情報交換しながら歩くのがすごく楽しい。整理されすぎていないのも逆によくて。
嘉根:キュレーションが上手ですよね。
荒明:アウトプットをロジックで固めないというか。便利という価値だけが先行しているテクノロジーのように、理路整然としたものばかりでは、きっと幸せになれない。そこで必要なものって、もしかしたら「遊び」みたいなものなのかもね、というのが我々が意気投合している部分です。
田中:今年のアルス・フェスでは、巨大テクノロジー企業の利益先行主義から提供されるサービスに、私たちがラッピングされてしまう、と警鐘を鳴らすような作品が多く見られました。そういう意味でも、アメリカとか中国の企業が思い描く未来像とは、少し違うんですね。
嘉根:アルスのテーマである「ソサエティ」も、ヨーロッパらしいですよね。メーカーってどうしても、どうやってこの商品を売ろうかって考えすぎてしまうこともありますけれど。そうじゃなくて、開発するプロダクトやテクノロジーが、社会のどのパートで、どのように人々のためになっているのかという発想を持つ必要がある。
荒明:向き合う相手を、コンシューマーだけでなく包括的なソサエティとして意識すると、一段目線が高くなりますよね。ヤマハさんなら音楽とか文化、我々でいうとゲームとか遊び心みたいに、企業活動の根幹には人々を幸せにするという考えがある。毎年それを会社に説明しているのですが、なかなか難しいですね。
嘉根:ある意味リテラシーがないと、「メディアアートなんてわからない」となってしまうので、報告書も書きづらくて(笑)。
杉山:そこに行かないとわからない価値がある、ということでもありますよね …