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青山デザイン会議

日本のクリエイティブ その突破口はどこにある?

上西祐理/尾上永晃/大塚 智/畑中翔太/小野直紀/米澤香子

今年も、カンヌライオンズが終了しました。部門の新設やカテゴリーの廃止、部門ごとの審査員の人数を絞るなど、カンヌライオンズのあり方そのものが変化をした2018年。各部門の審査はどのように行われたのか。そして、世界における広告そのものありかたはどのように変わったのか。その中で、日本の広告はどうだったのか?そして、カンヌライオンズは日本でクリエイティブに携わる人たちにとって、いま何をもたらしてくれるのか。

今回の青山デザイン会議では、カンヌライオンズの現地審査員とショートリスト審査員の6名の皆さんにお集まりいただきました。6人の審査員のみなさんに審査の状況、また現地での他国の審査員との対話などから得られた"気づき"をお話しいただきました。「賞を獲る」ことを目的にするのではなく、いまの日本でよりよいクリエイティブをつくり上げていくために何が必要なのか、考えます。

Photo : Hokuto Shimizu/parade/amanagroup for BRAIN

各部門の審査の定義

米澤:私が担当したモバイル部門の応募総数は他より少なめで、全部で905エントリーでした。審査をしてみると、モバイル部門がカンヌの新しいトラック構成の中で若干浮いている気がしました。サイバーから派生して2012年にできたモバイル部門ですが、今年は親であるサイバー部門がなくなり、またサブカテゴリの一つに応募数が多い「ソーシャル」があり、新設された「ソーシャル&インフルエンサー部門」とはたして何が違うのかと。ソーシャルとモバイルは切っても切れない関係だけれど、審査のときに「ソーシャルカテゴリはモバイル部門で評価しなくていいんじゃないか」という話も出たりしました。

尾上:モバイル部門の定義、難しいですね。

米澤:カテゴリの定義も曖昧で、ウェアラブルもあれば、デスクトップに繋がっているVRも出品されていて、「これは本当にモバイルなのか?」と、審査員はみな納得した結論が出ないまま進んだ感じです。だから、いずれはソーシャル&インフルエンサー部門に吸収されるかもしれませんね。

尾上:ソーシャル&インフルエンサーは審査に参加するまで、実はどんな部門なのかよくわかっていませんでした。NIKE「NOTHING BEATS A LONDONER」、FIFA18「More Than a Game」、あと1980年代にヒットした映画『クロコダイル・ダンディー』の続編予告かと思わせたオーストラリア政府観光局の「Dundee」の3つがグランプリ候補となり、その議論を続けるうちに、自分の中で定義が明確になっていきました。

「NOTHING BEATS A LONDONER」は、ナイキはいつも有名選手を使った広告をしている。それを見るイギリスの若者たちは「自分には関係ない」と思っている。そこで彼らのインサイトを取材したところ、「苦境の中でスポーツをしている自分たちに誇りをもっている」ことがわかった。そしてインフルエンサーから一般の人まで、多様な人たちを応援するスポーツシーンを撮影し、それぞれのインスタアカウントでリレーのように動画を投稿。最後に全部揃ったところで、それを1本の映像にしています。

FIFAも同様に"みんなでつくって、うねりを生み出していく"という方法で、それこそがソーシャル&インフルエンサーなんじゃないかという議論になりました。それがまさにこの部門のクライテリアで、媒体を選んで投下するような、"どこで何をするか"ではなく、そこにいるコミュニティのカルチャーを理解した上で、その人たちと"一緒に何をするか"。肩を組んで、やろうぜ!と並走していく感じのものがこの部門で評価されたと思います。

大塚:審査員長は、最初に明確なクライテリアを示さなかったんですか?

尾上:最初に言っていたのは、「Social is people」。大きいこと言うな~、と(笑)。要は、ソーシャルメディアやインフルエンサーをうまく使ったというレベルではなく、今は全員がソーシャルメディアを使っているから、もはや"人間"の話になっているのではないかと。それを踏まえた上で評価しようと言われて、審査が進むにつれ、その意図も徐々に明確になっていきました。ちなみに、応募数は全部で2000ぐらい、オンライン審査で絞られて、それでも1500くらいありました。

小野:プロダクト部門は応募数が他に比べて少なく、全部で340ぐらい。事前審査もなく、現地に行ってからの審査でした。カテゴリは大きく分けて3つで、1つはアクチュアルなプロダクト。いわゆるGoogle Home Miniのように世の中で既に売られている新しいプロダクトです。もう1つがキャンペーンプロダクトで、プロモーショナルな目的でのためにつくられたプロダクト。3つめが今は販売されていないけれど、量産段階に入っているもの。そこはイノベーティブなものが多く並んでいました。

クライテリアは、カンヌが設定した全体の定義と各カテゴリの定義に準じました。審査はその定義にインしているかということを前提に、その作品の根幹がプロダクトにあるのか、アイデアか、プロトタイプか、またはコミュニケーションなのかと確認しながら進めていきました。それから、プロダクトとして「(実際に)販売しているか」ということも大きなポイントになりました。

大塚:新設されたブランドエクスペリエンス部門は前身がプロモ&アクティベーション部門とインテグレート部門と択えられていました。より間口が広い名前になったため、応募数は多かったですね。最終的に2000を超えていました。

上西:デザイン部門の審査は全部で5日間で、最初の3日間はひたすらケースビデオを見ながら、1000作品程度を審査。そこから点数順にリスト化し、4日目にショートリストを決めました。エントリーが1248、ショートリストが158、最終的に受賞は70作品でした。

畑中:クライテリアでは、「クラフトとデザインの違い」はどのように定義されていましたか?

上西:明確にはありませんでした。審査員も皆クラフト部門がなくなり、インダストリークラフト部門ができたことも知りませんでした。デザイン部門の採点は3項目あって、アイデア、エグゼキューション、リザルト、それを4:4:2の割合で見ています。クラフトはエグゼキューションに含んで審査したのですが、クラフトだけがよくても「ジャストクラフト」、アイデアだけがよくても「ジャストアイデア」と言われてしまいます。「"広告キャンペーン"のデザイン」という方向性も強く感じましたし、思っていた以上にいかに効果があったのかも気にしていましたね。

NIKE/Nothing Beats a Londoner(WIEDEN+KENNEDY LONDON):ソーシャル&インフルエンサー部門グランプリ、チタニウムライオン、フィルム部門ゴールドほか、全部で5個のライオンを受賞。

EA GAMES/FIFA 18 More than a Game(ADAM&EVEDDB LONDON):エンターテインメント部門ゴールド、ソーシャル&インフルエンサー部門ゴールドほか、全部で7個のライオンを受賞。

GOOGLE/Google Home Mini(GOOGLE MOUNTAIN VIEW):プロダクトデザイン部門シルバー受賞。

TOURISM AUSTRALIA/DUNDEE(DROGA5)チタニウム、ソーシャル&インフルエンサー部門ゴールド3個他、全部で5個のライオンを受賞。

賞を獲るのは、ストロングなアイデアでビッグなキャンペーン

上西:カンヌはカテゴリを見直した結果、クラフトをデザインから外してしまいました。さらにデジタルのデザインをデザイン部門の中に残したところに、審査をする上で弊害を感じました。というのは、アイデア、エグゼキューション、リザルトで評価していくのですが、もう一つ審査の軸となったのが、「This is cannes lions.」というキーワードで、つまりニューネス、新しいかどうかです。ありふれたアイデア、見たことがあるものを嫌う傾向がありました。

でも審査員はデザイナーなので、皆自分の領域外のものは新しく感じてしまい、デジタルに寄った作品を見ると「このエクスペリエンスは最高だ!」となりがち…(笑)。だからデザイン部門にデジタルデザインを残すならば、その領域のプロを審査員に入れるべきだと思いました。カテゴリ分けに対する疑問はありながら、グランプリ決戦は平昌大会の「Intel Drone Light Show at the Olympics」VS「Trash Isles」でした。

畑中:「Trash Isles」はPR要素が強いイメージですが、どこがデザインで評価されたんでしょうか?

上西:架空の国をつくったというアイデアがそもそも素晴らしく、国連にも申請し、そのうえで貨幣、パスポート、切手などもつくり、実現力があります。全体の設計をブランドビルディングのカテゴリで評価されました。

一方、マクドナルドのMをWに変えた「The Flip」やDIESELのロゴを「DEISEL」に変えた「DEISEL―Go With the Fake」はみんな「ロゴをいじっただけ」「ただのPRだ」と言うんです。私は、それこそがブランドアイデンティティの表現だと思ったのですが。だから、カンヌのデザイン部門における"新しい"ということの価値は「新しくつくった」ということなのかなと。でもそれだけじゃないと思うんですけどね。個人的にはラコステをグランプリに推していましたが、ゴールドでした。

小野:ラコステはプロダクト部門ではショートリストで一度落ちて、最終的にブロンズ。通常のマークの代わりに絶滅危惧種をマークにして販売したというアイデアは素晴らしいのだけれど、背中側に通常のラコステマークを付けていた。プロダクトデザイナーとしてはそういうのが許せず、「なんだ、これ、がっかりだよ」となっていました。

上西:ラコステもそうですが、「The Flip」はマクドナルドという、あの規模のクライアントがこの企画を実現したことが素晴らしいと思いました。でも、「実施したけれど少なく、本当に機能してるのか」「このキャンペーンをやるぐらいならそもそも賃金保証などやるべきことがあるんじゃないのか」と批判する審査員もいました。ポスターやブックの審査に入って、その視点から少しだけ解放されましたね。

小野:ブックやポスターの一部はアドではなく、グラフィックデザインになるけれど、それはゴールドに入るんでしょうか。

上西:難しく感じました。貧困、LGBTQやジェンダー、地球環境というソーシャルイシューと、造形美というものを並べて比べること自体に審査の難しさがありました。

小野:普通の広告とソーシャルイシューを背負ったものを審査して、比べてみると重みが違って抗えないんですよね。

尾上:僕らの部門の審査員長は「理由を褒めるな」と言っていました。難民の状況に心が動かされるかもしれないけれど、理由は理由でしかないと。

畑中:僕が担当したダイレクト部門は、作品の半分近くがソーシャルイシューに関わるものでした。約2500のエントリーの中からショートリストに残ったのは6%、150ぐらいです。「Talks to one、the One talks to many」が審査員長であるSusanからの方針だったのですが、彼女いわく「ダイレクトはOne to oneでどれだけその人に深く刺さるかが重要。今はソーシャルの時代で、さらに女性、人種、LGBTの権利など、誰もが"もの"を言える時代になった。だからこそ、その1人に深く刺されば、それが大きくなり自然とビッグキャンペーンになる」と話していました。

その視点で審査した結果、グランプリはPalau Legacy Projectの「Palau Pledge」でした。パラオに入国するすべての旅行者に環境保護誓約への署名を義務づける取り組みで、これは最強のダイレクトといえるものでした。入国時に誓約にサインするという形で、メッセージを届けたいすべての人に一番深く届けることができているので、ある意味ダイレクトとして"パーフェクト"なキャンペーンでした。

またゴールド受賞作は10作品ありましたが、その多くは他の部門でもゴールドを受賞したビッグキャンペーンで、ダイレクト部門は以前よりも日本が入賞しにくくなっている印象を受けました。

上西:ストロングなアイデアでビッグなキャンペーンが複数の部門で受賞する、それがカンヌなのかなと思いました。

大塚:ブランドエクスペリエンス部門のロブ・ライリー審査員長は、最初のブリーフで「この部門は、インテグレーテッドのモダンバージョンという捉え方をしている。ただこのイングレーテッドというのは、ブランドのメッセージをどうやってターゲットの生活と融合させているかという意味。その関係性の深さ、新しさを評価する」と言っていて、正直とても広いなと思いました。

尾上:「Social is people」的な(笑)。

大塚:そうですね(笑)。グランプリを獲得したのはAppleの「Today at Apple」です。世界中のアップルストアの店頭で、写真撮影や映像制作、プログラミングの教育などのプログラムをつくり、のべ60万セッション実施したというもの …

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