クリエイターのオフィスを訪ねると、よく見かける、大きな本棚。忙しい仕事の合間に、クリエイターたちはどんな本を読んで、どのように仕事に生かしているのか。第61回目はコピーライターの吉岡虎太郎さんが登場。自身の仕事や人生に影響を受けた本について聞いた。
『あなたの人生の物語』
テッド・チャン(著)(早川書房)
僕にとって読書とは、思いがけない感覚や意識の流れを味わって楽しむことのような気がします。それは人によっては映画や音楽や料理の味わいなどで体験されるのでしょうが、僕には本がちょうどいいようです。表題の『あなたの人生の物語』はすぐに読めるとても短い話ですが、驚きに満ちています。NASAが捕えた樽型の宇宙人と会話を試みる女性言語学者の話なのですが、イラストを描いたボードを見せ合って名詞を交換しあい、形容詞、動詞、センテンスの解読へと進むうちに、宇宙人の言語が我々とはまったく異なる原理に基づいていることが明らかになります。それは主語と述語、現在と過去、自己と他者といった二項対立のない、マンダラのような言語。想像のつかない価値観を持った宇宙人とのコミュニケーションを通じて、言語学者の人生観が変化を起こしていくのが感動的です。私たちは無意識に言葉という道具を使って生きていますが、言葉を使ってしか考えたりコミニュケーションしたりできないのだということに気づかされて、ハッとします。もしかしたら原始時代の人間は、樽型宇宙人のように生きていたのかもしれないし、ネット社会の未来はそんなふうになる可能性があるのかもしれない、と考えさせられました。
『なめらかな社会とその敵』
鈴木健(著)(勁草書房)
普通ある問題に対して意見を聞かれたら、「100%賛成か反対かを選べ」と問われていると考えますが、ネットを使えば「60%反対で40%賛成」という答え方が可能になります。すると、100%の敵か味方にしか分類できなかった人が、6割敵で4割味方という存在に変わる。そう考えると世の中が少しなめらかになっていく...。数多くあるネット本の中でこんなふうに具体的に話してくれた本は初めてで、目からウロコです。