販売当初から受け継がれる「描くことを楽しんでもらう」精神 自由画教育から始まった100年間
「クレパス」が生まれた1925年は、画家・山本鼎が提唱する自由画教育運動の真っ最中。手本の模写が中心だった図画教育から「見たまま、感じたままの絵を自由に描く」教育へと方向転換する時期だった。
ロングセラーブランドのコミュニケーション戦略
(左)1971 (右)2021
※画像(左)は1979年発売の「ヤシノミ洗剤」一般家庭用
サラヤの「ヤシノミ洗剤」は業務用の食器用洗剤として1971年に販売開始した。当時の日本は高度経済成長期、コストを抑え利益の大きな商品の製造が善とされる傾向にあり、浄水設備も未熟な状態。家庭から排水される石油原料の合成洗剤で河川の汚染が深刻化した時代であった。
この公害問題に対し、サラヤの創業者の更家章太氏は「洗剤とは本来、物をきれいにするもの。洗剤が環境を汚してはならない」と考えた。同社ではもともと、手肌と環境にやさしいヤシの実の油を使用した“手洗い石鹸液”を販売。その知見を食器用洗剤に生かしたのが“手肌と地球にやさしい”をコンセプトとした「ヤシノミ洗剤」であった。業務用として給食センターなどで使用されていた「ヤシノミ洗剤」だが、「家でも使いたい」との声を受け1979年に家庭用洗剤の販売も開始した。
「環境汚染が深刻化していたものの、当時はエコロジーの意識が一般に浸透してはいませんでした。そのため、環境に配慮した洗剤よりも安価な洗剤が求められ、営業には苦労しました」と同社の広報を統括する廣岡竜也氏は話す。
しかし、「ヤシノミ洗剤」は“手肌と地球にやさしい”というコンセプトを50年間貫徹。コンセプトに沿った、「無着色・無香料」という特徴も発売以来変わっていない。
「合成着色料や香料は洗浄力には関係がなく、手肌と環境にとって負荷に。無着色・無香料は、香料や着色料で原料の品質を誤魔化せないため、精製度の高いコスト高の高品質な原料を使用する必要があります。しかし、ブランドとして譲れない部分だと考えています」と廣岡氏。
近年では、社会や環境に配慮した商品を使いたいというユーザーが若い世代を中心に増加しているという。このようにこだわりを持って「ヤシノミ洗剤」を選択するユーザーを、今後も獲得していきたいと話した。
初代家庭用「ヤシノミ洗剤」は、スクイズ式ボトル。同社はその後、1981年にポンプ式ボトルを採用した。この変更には「洗浄成分濃度16%」という商品特徴がかかわっている。市販の洗剤の洗浄成分濃度は30〜40%が一般的で「ヤシノミ洗剤」の倍近い。洗浄成分濃度は高いほど油汚れはよく落ちるが、手肌への負担となり、環境汚染につながるという。そこで同社は、手肌への負担と洗浄力のベストバランスを研究し、16%にたどり着いた。
「油汚れがひどいと、確かに16%では物足りないかもしれません。しかし...