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広報担当者の事件簿

一瞬で崩れ去る企業の信用 最終責任者としての役割〈中編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    顧客情報管理やセキュリティシステム開発を手がける大阪データ通信。内部告発により、顧客管理を代行させていた北梅田サービスの子会社・山野辺セキュリティシステムから顧客データが流出・不正売買されていることが発覚。対策に追われる広報室の香川涼介のもとに、一本の電話が入る。

    ©123RF.COM

    組織を揺るがす告発文

    「まだ表には出ていないんだな」「そのようです」「向こうは何と言ってるんだ」「情報をすべてよこせと⋯⋯」隠さず全部提出しろと言っています、と言葉を変える。「全部出せば、うちはどうなる」眼差しが鋭くなる。「どうなるかと訊いてるんだ」怒気を含んだ低い声で答えを求める。男は委縮しながら、信用を失くし取引停止になります⋯⋯と返す。首元を嫌な汗が垂れていくのを感じる。

    「だよな。だとしたらどうする」「しかし部長、このままでは⋯⋯」「このままでは、何だ」これ以上は言葉にするのが怖い。言いたいことがあれば遠慮しなくていいんだぞ、と部長は表情を崩すがその眼は笑っていない。「これ以上データは渡さなくていいだろう。谷川が一人でやった。これでいいな」「それじゃあ、谷川がかわいそうじゃないでしょうか」精一杯の抵抗をしてみる。「お前、俺に何言ってるか分かってるか」静かな口調だが、まるで恫喝だった。

    「私はそんなつもりで⋯⋯」もういい、と部長が言葉を遮る。「この件は谷川が一人でやったことだ。北梅田には、すでに提出したデータだけで十分だ。あとは知らぬ存ぜぬを通せ、いいな」無茶苦茶だと思った。これ以上、隠し通すわけにはいかない。隠し通すこともできない。このままでは会社も潰れてしまう。分かりました、と頭を下げたとき、男の脳裏にひとつの“行動”が浮かんだ。

    「大阪データ通信株式会社 広報室です」名志村仁が固定電話の受話器を耳にあてる。「⋯⋯はい。どちらからの情報でしょうか。こちらにはそのようなものは入ってきておりませんが⋯⋯そうですか。弊社には入ってきておりません」静かに受話器を置く。「暁新聞社会部でした」名志村が広報室長の広重亮二を見る。「きたか」広重が椅子を回転させる。

    「暁新聞に告発文が届いたそうです」「告発文?」広重が腕組みをする。「いつ届いたって?」香川涼介が尋ねる。「昨日届いたそうだ。一昨日の日付で中央郵便局の消印が押されていたって」「差出人は訊いたか」「訊いたが教えてくれなかった」名志村が首を左右に振ってみせる。「ちょっと行ってくる」広重が椅子から勢いよく立ち上がる。「どこにですか」「社長室。一緒にきてくれ」名志村が広重の後に続く。

    突然、“交響曲第七番”が鳴り響く。香川のスマートフォンからだった。「ベートーヴェン⋯⋯」隣にいる安川ひなたが微笑する。香川が慌てて通話ボタンを押す。「大阪データ通信、香川です」相手がメディアの場合、社名から名乗るという広報室内での暗黙のルールがあった。広重と名志村が香川の傍に戻ってくる。「富樫さん、どうもお久しぶりです」三ノ宮新聞のエース記者として数々のスクープを世に送り出してきた富樫健太郎だった。

    香川が広報担当になって三年、コロナ禍で記者と頻繁に接する機会はなかったが、大阪データ通信がセキュリティシステムサービスの発表を行った際に興味を示してくれた記者の一人だった。それ以来、電話やリモートで業界動向などについて何度か取材を受けていた。香川が親しくしている数少ない記者でもあった。

    「そうですか。三十分後でしたら大丈夫です。⋯⋯はい、お待ちしています」香川が息を吐く。「何と言ってた?」広重が訊くと名志村、安川の視線が香川に集まる。「用件は言わなかったです。ちょっと近くに用事があったから寄ってもいいかと」常套句だな、と広重がつぶやく。「とりあえず自分だけで対応しますか」「そうだな、何人も出ていくと警戒されていると思われるかもしれない」富樫は広報室全員と面識があるだけに対応が難しい。「まずは行くぞ」広重が名志村を見ながら親指を上に向けた。

    「暦は秋になっても外はまだ暑いですね」富樫がハンカチで額の汗を拭う。業界の話題を振られ、そうですねと言いながら適当な返事をしてやり過ごす。おもむろに富樫がスーツの内ポケットに手を入れる。「見ていただきたいものがありまして」取り出したのは三つ折りにしたA4の紙だった。差し出された紙は三枚。左上に報道各位と宛名がある。

    “当社が管理する顧客情報流出の隠ぺいおよび反社会的団体との関わりについて”というタイトルが目に入ってくる。三枚とも文字がぎっしりと埋められている。最後のページの下に左側に日付、右側に社名と作成者と思われる名前がここだけ直筆で書かれている。告発文だとすぐに理解した。動揺が顔に出ないように平静を装う。

    「これ何ですか?」「昨日、うちの社に届いたようなんです」応接室で向かい合う富樫が前かがみになる。「報道各位とあるので、きっと他社にも送られているんだろうと思います。確認の電話とか鳴っていません?」暁新聞からついさっき同じ問い合わせを受けたとは言えない。

    「山野辺セキュリティシステムという会社に問い合わせて、直筆の方が実在するのか聞き出すのは簡単なんですが⋯⋯その前に香川さんに当たってみようかと...

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