生物多様性や動物との共生、コロナ禍でさらに加速したペット人気に図鑑ブーム……。今回の青山デザイン会議は、自然離れが叫ばれる中、テクノロジーの力も相まって進化し多様化する、動物や生き物を取り巻く表現に注目しました。集まってくれたのは、化け猫や妖怪など想像上の生き物をテーマに、絵本や挿絵・装画などを手がけ、世田谷文学館で自身初となる大規模個展「ばけものぞろぞろ ばけねこぞろぞろ」を開催中の石黒亜矢子さん。
『小学館の図鑑NEO』シリーズの立ち上げに参加、編集長として数々の図鑑の制作を手がけ、現在はプロデューサーとして、2021年7月にオープンした「ずかんミュージアムGINZA」の監修をはじめ図鑑の普及やメディア展開に取り組む北川吉隆さん。
動物を擬人化、または人間を擬獣化した「ケモノ」をテーマに立体作品を制作、個展や作品集の出版など精力的に活動する、ケモノ美術作家の堀本達矢さん。生き物と関わることで育まれる愛情と感覚、そこから生まれる新たなクリエイティブを語ります。
小さい頃は、誰でもみんな生き物が好き
北川:小学館で図鑑の編集に関わって、もう20年以上になります。2002年に『図鑑NEO』シリーズの立ち上げに参加したのち編集長を務め、現在はプロデューサーという肩書きで、さまざまなプロジェクトを手がけています。
堀本:ケモノ美術作家として、主に彫刻の立体作品を制作しています。モチーフにしているのは、カタカナの「ケモノ」という、生き物を擬人化もしくは擬獣化したキャラクター。かなりマニアックなジャンルですが、そうしたキャラクターと人々との関わりをテーマに制作を続けています。
石黒:絵本作家をしています。動物とはいっても、私が描いているのは、妖怪や化け猫といった想像上の生き物。どちらかというと元々は描くより飼う方が好きで、子どもの頃の夢はムツゴロウ王国で働くことでした。今は犬と猫のほか、トカゲ6匹とヤモリ3匹を飼っています。
堀本:うちの親もムツゴロウさんが大好きで、物心がついたときから、周りに生き物がいる環境で育ちました。同時に影響を受けたのがアニメや漫画で、動物などのキャラクターに憧れを感じて、変身願望や、現在の作品制作へと繋がっていきました。
北川:僕は昔から、昆虫と魚の図鑑が大好きで、ボロボロになるまで読んでいるような子どもでした。小学生のときに金魚の飼育を始めて、その趣味が高じて、大学では魚類学を専攻。入社後は別の編集部に配属されましたが、「図鑑をつくりたい」と訴え続けて、10年目にしてようやく夢が叶ったというわけです。
石黒:小さい頃は、兄が喘息持ちで動物を飼ってもらえなくて、動物に飢えていたんです。あとは私、ちょっと変わっているのですが、弱肉強食の世界がすごく好きで。『野生の王国』(毎日放送)というテレビ番組で、サバンナでライオンが獲物を捕食するシーンをずっと観ていたことを覚えています。
堀本:石黒さんのように、生き物が捕食や被食される姿を見たいという人もいますし、妄想の世界で、自分が自分以外の生き物に取り込まれてしまうことに興味や興奮を感じる人もいる。実は結構深い世界なのですが、内容の刺激が強いので……。
石黒:生き物といえば、10年ほど前に、ジャポニカ学習帳の表紙から昆虫の写真が消えたことがありましたね。「虫が苦手な子がいる」というのが理由らしいのですが。
北川:図鑑をつくっていても、お母さんたちがチョウの鱗粉を嫌って、子どもに「触っちゃだめよ」なんて言っているのを耳にすることはありますね。それで子どもも「怖いものなんだ」と勘違いをして、成長するうちにだんだん虫が嫌いになってしまうことが少なくないように思います。
石黒:小さい頃はみんな昆虫が好きなのに。
北川:『図鑑NEO』では、嫌われる部分もなるべく隠さず見せたいと考えていて、結構生々しい表現もしています。たとえば、付録のDVDに寄生虫のコーナーをつくるとか。牛の皮膚に食い込んで卵を産んで、孵化すると皮膚の下をはい回って、さなぎになるとポロッと外に出てくる。気持ち悪いけれど、すごく面白いじゃないですか。
堀本:最近では「不快害虫」という言葉もあるくらい。たとえば、ゲジゲジとかアシダカグモも本当はいい働きをする虫なのに、見た目の印象で避けられてしまう。何だか生きづらい時代だなと。
石黒:私、こんなに虫のことを肯定しているわりに、ゴキブリだけはどうしても無理なんですけど(笑)。
北川:ゴキブリって不思議ですよね。かじるとか刺すとか、そういう悪さはしないのに、なんであんなに嫌なんでしょうね。
堀本:悪さをするかしないのかといった視点とは、また違った見方をしている人が、たくさんいるのを実感しますね。ビジュアルについても、嫌だと感じる人もいれば、逆にめちゃくちゃいいと感じる人もいるから面白い。オタクの世界を見ても、美少女とか美青年を好む人たちがいる一方で、昆虫や魚のキャラクターを好む人もいます。
北川:堀本さんは作品をつくるときに、実際の生き物のディテールや動きなどは参考にするんですか?
堀本:自分の作品は、種族をあえて曖昧にしていて、何の生き物かを特定しづらいようなビジュアルにしています。ただ、あらゆる生き物の特徴を含ませたうえで作品ごとのかっこよさやセクシーさを出したいので、図鑑や骨格標本は参考にしていますね。
AYAKO ISHIGURO'S WORKS
なぜ今、図鑑ブームが起きているのか
北川:今、書店の児童書コーナーに行くと、一番目立つところに図鑑が並んでいるように、この10年くらいで図鑑のマーケットは拡大しています。理由のひとつは、情報量が格段に増えたこと。たとえば恐竜は、2000年代に入って新しい発見が相次いで、一気に種類が増えました。恐竜って子どもにとっては怪獣みたいな存在ですから、そこで人気が爆発して。
堀本:もはやキャラクターですよね。
北川:先ほど、昆虫や生き物に触れる機会が減ったという話をしましたが、逆に今まで見られなかった生き物が、実際に見られるようになったというのも大きい。最近、深海生物の図鑑をつくったのですが、昔だったら深海生物だけで1冊できるなんて考えられませんでしたから。
石黒:すごい!昔は絵だったのに今は全部写真なんですね。
北川:個人的には、絵の図鑑も味わいがあって好きなんですけど。今は深海艇で海の底に行けるし、いろいろな方法で採集することもできる。撮影技術も向上して、昆虫であれば角の先から足先までピントがぴったり合わせられるようになった。これも、図鑑ブームを支える要因だと思いますね。
石黒:以前テレビで、ものすごく珍しい交尾シーンが撮影されたというニュースを見ましたが、カメラマンの腕も重要ですよね?
北川:はい。昆虫にも魚にも草花にもキノコにも、それぞれ専門のカメラマンがいて、一年中追いかけています。しかも今は、一般の人がiPhoneで撮った生き物の写真をSNSにアップしたりもしている。毎年新しい図鑑を出しても出し切れないくらい、情報がアップデートされているんです。
堀本:捕まえたり撮影したりするだけじゃなくて発信もできる、誰もが昆虫ハンターになれる時代。いずれにしても、生き物に興味を持つ入り口が増えてきたというのは嬉しいですね。
北川:一般の人たちの方が圧倒的に数が多いので、それだけ珍しいものに出くわす確率も高いんですよね。
石黒:Twitterでも、よく「新種発見!」みたいなツイートが流れてきますよね。
北川:実際は、新種ではないことがほとんどですけど。編集部にもお手紙やメールをいただくことがありますが、今まで新種だったことは1回もないんです(笑)。
堀本:インターネットが発達して、図鑑にしても映像や画像にしても、昔と比べて情報が圧倒的に増えている一方で、生き物や自然離れが進んでいる。それが寂しいし...