クリエイターのオフィスを訪ねると、よく見かける、大きな本棚。忙しい仕事の合間に、クリエイターたちはどんな本を読んで、どのように仕事に生かしているのか。今回は、京都に拠点を持つバンド「空間現代」の野口順哉さんです。仕事や人生に影響を受けた本について聞きました。

『尾崎放哉全句集』
尾崎放哉(著)、村上護(編集)
(ちくま文庫)
「すばらしい乳房だ蚊が居る」
本屋に行くと必ず詩のコーナーに行く。音楽を試聴する感覚で気になったものを手に取りページをめくってみる。魅惑的で刺激的な言葉に出くわして、足元がグラついたり、めまいを起こす。もちろん毎回そうなる訳ではないのだが、いつしかそれを求めて詩のコーナーに足を運ぶことが習慣になった。たぶん尾崎放哉のせいだと思う。
初めて読んだ時は、笑った。何かが起きているのか、それとも何も起きていないのか、どちらかわからない、その、そっけない風景描写の数々は凡百の詩とは一線を画す。今まで自分が目にしてきたものとは全然違う次元で書かれていることに驚喜した。普通に狂った詩、完結と欠落が同時にやってくる言葉たち。微笑ましくも殺伐、無味無臭の人間くささ。ただそこに存在しているというだけのものたち。
たぶん、こんなものがなくたって、別になんの問題もないと思う。価値なんかひとつもないだろうし、たいしたもんでもないかもしれない。そんな風景には意味がないから、物語はそこから劇的に始まらない。しかし、だからこそ普遍的な力を持っている。詩とはそういうものだという事を、この句集は教えてくれた ...