廃れた地方の温泉地 再生に向けた広報施策〈前編〉
国内で5本の指に入る湯量が売りの石鍋市。かつて多くの人で賑わった温泉地も、バブル崩壊後は人の流れが途絶えていた。観光協会の大佐古茂と姫川雄太、アルバイトの川北夕子は危機感を募らせる。そしてある日、大佐古は商店街組合の理事会である提案をする。それは2日間で1万人を呼ぶイベントの開催だった。
広報担当者の事件簿
【あらすじ】
2015年2月27日、紫化学工業の讃岐孝が会社の顧客データを不正に持ち出し転売したとして逮捕され、広報歴2年の古川良太ら広報部員は電話取材や謝罪会見の準備に追われていた。そんな中、警察から讃岐の上司である神山聡史が任意で事情聴取を受けていると連絡が入る。対策本部が騒然とする一方、無常にも会見の時刻は近づき─。
会場は熱気であふれかえっていた。50人ほどが座れる椅子を用意したが、数が足りずに後方や両脇の壁に沿って立ったまま、主役の登場を待ちわびている記者さえいる。
開始時刻の午後3時を2分程過ぎた時、ようやく主役である社長の平田が舞台の袖から登場した。「本日は急なご案内にもかかわらず、ご足労をいただき誠にありがとうございます。これより、弊社の記者会見を行います。初めに社長の平田よりご挨拶をさせていただきます」。広報部長の野原が口火を切る。
「本日、弊社社員が逮捕されたことは……」。平田が切り出すや否や、記者から野次が飛んだ。
「社長!その説明から始めるんですか?御社から案内をしておいて、定刻に始めないとはどういう了見ですか。2分や3分の遅れなど大したことないとでも思っているんですか!説明の前に、開始が遅れたことの詫びをすべきでしょう。違いますか?」。
「…皆様にお集まりいただいているにもかかわらず、遅くなり申し訳ございません」と、絞り出すような声がマイク越しに聞こえてきた。会場の入口付近にいた広報2年目の古川良太の目に映ったのは、自分とはさほど年齢の変わらない記者たちに頭を下げているトップの姿だった─。
受付で会見が始まる前からマスコミの殺気立った雰囲気に気圧されていた良太も、記者の洗礼を浴びていた。
「御社から会見の案内がきたから来たのに『名刺を出せ』とは何だ!名刺を集める暇があったら、しっかり対応してくれ!」。
良太は、記者会見の案内を手に持ちながら受付を通り過ぎる記者たちに一喝されていた。会場では誰一人会話をしている者などいない。皆、午後3時に登場するはずの主役の席を凝視している。会場内には撮影のための機材を準備する乾いた音だけが響いている。
そこに、「毎朝新聞です」と名乗りながら、小暮が受付に名刺を …