近年ますます盛り上がりを見せているポップアップストアだが、実は企業によってその成果の明暗は分かれている。消費者と直接つながることができるポップアップストアを最大限生かすにはどうすればいいのか。「体験ブランディング」の視点から、ハッピーアワーズ博報堂の藤井一成氏が解説する。
ポップアップストアは安全圏を超えた挑戦
2017年は、多くのポップアップストアが街のすき間に出現しました。ファッションブランドがシーズンアイテムの発売に合わせて路面に出店したり、飲料ブランドがオリジナルメニューを提供するカフェを開いたり。はたまた、家電ブランドが新商品のタッチアンドトライの体験イベントを期間限定で開催したり、ほかにも地方の観光誘致イベントやEコマース(EC)事業者が実店舗に挑んだりと、内容は多岐にわたりました。
街でポップアップストアを目にするたびに、ブランドがこれまでの広告領域を超え、世の中にダイブしていることを実感します。従来の手法をやり尽くしても動かぬ消費者を前にして、ワクワク・ドキドキするような少々無謀なことに挑み続けることも必要な時代ではないか?
──そんな思いを抱く宣伝担当者や広告クリエイターが、コミュニケーションの安全圏を超えて選択したブランドの挑戦。これがポップアップストアなのだと思います。担当者、関係者のみなさんは、言わば群れの中で最初に海に飛び込むファーストペンギン。失敗を恐れず、勇気を持って立ち向かう姿にブランドの未来の可能性を感じます。
私は、ポップアップストアだけを手がける専門家ではありませんが、「体験ブランディング(=感情を揺さぶる、熱量の高いエクスペリエンスデザイン)」を実践する中で、10件近くのポップアップストア事例に携わり、いくつかは行列のできるトレンドスポットとしてたくさんのメディアに紹介していただきました。その経験をもとにポップアップストアが持つ可能性と、成功のために必要最低限の条件についてお話ししようと思います。
ブランドに特別な愛着を抱いてもらえるかが勝負
情報行動や市場構造が変化する現在、ポップアップストアは消費者にブランドを直接体験してもらえる場として注目されるシンボリックな存在だと言えます。これが"いま"の時代にあった効果的な手法であることは事実。目的と戦略をきちんと設定し、適切な体験のデザインと情報のデザインをすれば、ブランディングとマーケティングの歯車を回す効果が期待できます。
その半面、計算が立たないリスクを伴う手段でもあります。ここが悩ましいところで、「企画として上がっては来るものの数字が見えない危険性、失敗できないプレッシャーから泣く泣く却下した」という経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
実際、街で初めて出会った消費者を目の前にして、それぞれと直接向き合いコミュニケーションを取るのは大変なことです。PR手法や店舗の場所、価格設定を間違えると店舗はガラガラになるかもしれませんし、ポップアップストアでの体験が陳腐だとソーシャルメディアに投稿されることもなく、それどころかちょっとしたミスがクレームにつながったり、Web上で晒されたりという、最悪の事態を引き起こすかもしれません。
クリエイティブディレクターが関わる領域も通常の広告よりずっと広く、一つひとつに緻密さが求められます。実際に手がけている身からすると、事前に作り込んだものを予定のメディアで展開する広告のほうが、明らかに安全で計算が立ちます。
しかし、アンコントローラブルなこの世界は、ブランドのコミュニケーションを根底から変化させる可能性があると思っています。消費者はブランドからの一方的な情報発信では振り向かなくなり、「広告が効きづらい時代になった」と言われます。背景にあるのは、世の中の新しくて面白いものすべてのコンテンツが広告のライバルになってしまったということ。
ポップアップストアで言えば、街にあるトレンドスポットやエンタメ、フェスなどとガチで勝負することになります。そう考えると、ポップアップストアは街にこつ然と現れ消えていく祭りのようなものです。いかに人々を熱狂させることができるか、そして、それを起点に「この商品を買ったら楽しいことが起こりそう」「このブランドと付き合っていきたい」など、ブランドに特別な愛着を抱いてもらえるかが勝負になってきます。
ポップアップストアを成功させる3つの秘訣
最近、ポップアップストアで成功する秘訣についてよく質問を受けるようになりました。個人的に大きく3つの柱があると思っています。
(1)目的・戦略の策定
(2)体験のデザイン
(3)情報のデザイン
これらを、実際に街で目にした事例を交えて解説してみます。
(1)目的・戦略の策定
誤解を恐れず言うと、すべてのブランドに共通する課題は「消費者から"選ばれる"ブランドになる」ことだと考えています。成熟した日本社会で、消費者に特別に愛され選ばれる関係になるのは、そう簡単なことではありません。
うたかたのように現れる新しいトレンドと限られた時間や可処分所得を奪い合わなければなりませんし、最近はデフレ的な価値観が常態化していて、やたら「無料」が多い。そうした中で、わざわざ時間をかけてでも、少々高いお金を払ってでも「これがいい」と選ばれるブランドにならなければいけないのです。そのためには長期にわたるていねいなブランディングが必要になります …